夜桜お慎30〜39
車が屋敷に到着し、すぐに和己は慎吾の父と母、そして兄の待つ広間へと連れて行かれました。慎吾も一緒です。
「こんにちは、河合さん」
一子が挨拶し、和己も頭を下げて挨拶します。
「ご無沙汰しておりました。今日は、改めてお願いに参りました」
「そうですね。四年間お疲れ様でした、といったところかしら」
「大学を卒業し、今は就職先の会社で働き始めたところです。年齢的にも成人いたしました。改めてどうか、慎吾とのお付き合いを認めて頂けないでしょうか」
「駄目だ」
短く言い放ったのは慎吾の父(悟)でした。
「男との付き合いなんて一切認めないからな」
「貴方は、例え相手が女性でも認めないのではなくて?」
「そんなわけ無いだろう!相手が女性だったら、そりゃもう祝福するぞ」
「本当かしら」
疑わしげな目で一子は悟を見やります。
「お父さん」
ここで一吾(慎吾の兄)が口を開きます。
「何だかんだで二人は四年間も耐えてきたんですよ。互いを想うが故にです。そんな二人を力ずくで引き離そうとした所で無理があります。下手すると駆け落ちなんて事にもなりかねませんよ」
「何だと!駆け落ちなんて許さないからな!」
「もう慎吾も大人です。少し遠くから見守ってやっても良いのではないですか」
「良いわけあるか!男だぞ!」
「親父が何つっても、オレは和己と付き合うから。和己じゃねーと駄目なんだよ。有り得ねえんだよ、オレん中で」
慎吾が言い張ります。

「今はそう思ってても、時間が経てばいずれ、忘れる事だって出来る。今は思いつめてるだけなんだ、慎吾。いいか、確かに今お前は河合君が好きなんだろう。どうしようもないぐらいに好きなのかもしれない。だけどな、何年か経って振り返れば、別の女性を同じぐらい好きになれるような日が来るんだよ」
「そんな日来てたまるかよ!大体何年か先って何なんだよ。オレらはもう四年待った!後何年待てっつうんだよ!五年か?十年か?もうそんな約束するつもりねえからな!」
慎吾が憤るその隣で、和己は出来る限り頭を下げ、静かに言いました。
「どうか、許してください。慎吾を縛るつもりはありません。慎吾がもし、別の人間を好きになる日が来た時は、自分は身を引きます。ですからどうか、今は共に居させてください。慎吾を愛しています。守りたいんです」
「和己…、んな、身を引くとか、」
「慎吾を守るだと?まるで結婚の許可を貰いに来た男みたいな事を言うんだな。ただのカタギに何が出来る」
「確かに自分はただの一般人です。それでも、出来ることをしたいと思っています」
「出来ること?」
「こちらの組に入れてください」
「何だと?!」
「和己?!何言ってんだよ!」
「傍で見守らせてください」
「馬鹿な事を言うな!極道を舐めてるのか!」
「そんなつもりは毛頭ありません」
「黙れ!」
「私は、四年前に言いました。親と縁を切ることがあっても、と。その覚悟は今も変わっていません。何でもやります。慎吾の為に、出来ます」
そう言って、表を上げた和己の表情は真剣そのものでした。悟の鋭い眼光から一時も目を離しません。
「馬鹿げてる」
そう悟は吐き捨てました。
「大体、会社に就職したとか言っていただろう。それで組に入れろだと?」
「はい、面接を経て、就職させて頂きました。貴方の会社に」
「何?」
「新入社員の名簿はご覧になっていませんか?」
「和己…前に、会社の事とか、組の事とか色々聞いたのって」
隣の慎吾を見た和己は微笑みました。それが答えでした。
それは、丁度一年前にさかのぼります。四月に慎吾と会っていた時の事でした。

『お前の組の事と、会社のことを聞いておきたい。詳しく』
『…何で?』
『オレにとって必要だからだ。訳は、後々話すから。前に、高島組の名前が日記に出てきたよな。どう関係があるんだ?』
『高島組は、日本で一番大きな組だけど、全国で大きな組の半分は高島組系なんだよ。親父は島崎組の組長であると同時に、高島組の若頭補佐って立場でもある。だから何かあれば必ず大阪の本部に行くし、行事に顔を出すのは義務だし』
『そうなのか…』
『広間に、ウチの組の代紋の隣に、高島組の代紋も飾ってあるし』
『へえ…。その若頭補佐ってのは重要な地位なのか?』
『まぁそうだな。最高幹部の一人だからな』
『でも普通の商売もしてるんだろ?ヤクザとの両立なんて出来るのか』
『いや、普通に無理。っつーか、普通の商売してる時点でヤクザじゃねえし、ぶっちゃけ』
『じゃあ、どうやって両立させてるんだ?』
『うーん。会社の取締役は一応親父なんだけど、社員は殆どカタギっつーか一般人。普通に求人出して、採用してる。んで勿論、親父がヤクザの幹部なんて事は極秘だし。だってホテルとか飲食店やってんだぜ?ヤクザが関わってるって事がバレようもんならイメージ的に即アウトだろ?会社で事情知ってるのは極々一部。親父と、家庭教師のオカマと、後6、7人ぐらいだったと思う。その一部の人間は、ヤクザ兼社員て感じ』
『他の構成員は何をやって生活してるんだ?』
『細々やってる金融業ぐらいかな。昔に比べるとかなり減ったんだよ、組員も。1/10以下かな。ここ数年、新入りは全く入れてないし。正直ヤクザ業で今食ってけねえからな』
『じゃあ、他の組なんかはどうやって運営してるんだ』
『オレオレ詐欺とか振り込め詐欺とか?最近は一番増えてる。後はヤクだな。結構簡単に栽培出来ちまうから。まぁ全部犯罪だよ。昔に暴対法ってのが出来てから凄い取締りが厳しくなったとかでさ、それまで主流にしてたシノギが出来なくなってから生き辛くなったわけ。極道の人間は。正直ウチの組も苦しかったらしいけど。そこに親父が入ってきたんだよな。んで、周りの反発もかなりあったけど、最終的には組の存続が危ういっつー事で、会社運営に乗り出すことになった。じいちゃんは、もう自分の出番じゃないっつって半ばヤケで引退しちまうし』
『お前は、会社運営を今は手伝ってるのか』
『うん、ぼちぼちだな。まだまだ分かんねえ事だらけで大変だけど、何とかやってる。結局兄貴がさ、組の若頭って事もあるけど、ヤクザ業務は請け負ってくれてっからさ』
『…前に、他の組の組長に、景気が良い云々言われてたとか書いてたよな、確か。会社の事はバレてないのか』
『まぁ、バレて無いとは思う。バレてたらさすがに幹部やってらんねえし。でも組が潤ってるっつーのは何となく知れ渡っちゃってるみてえ。でも結局多めに見られてる部分があんだよ、ウチは』
『何でだ?』
『じいちゃんが組長やってた時代にさ、凄いデカイ抗争が勃発したんだよ。高島組と、今はもう無い、大きな組との。全国の組が巻き込まれる形で、勢力的には五分五分だったんだけど、関東で一番デカかったのがウチで、じいちゃんが高島組に付くようにって他の組の説得に回ったりしたわけ。それで拮抗してた勢力が高島組に傾いたんだな。だから当時の高島組の組長からしたら、じいちゃんに対して大恩があるんだよ。だから、今でもちょっと特別待遇されてる部分はある』
『すげぇな。なんか、関ヶ原の戦いの小早川秀秋…というか稲葉正成みたいな感じか?』
『なのかなぁ』
『じゃあ次は会社の事だけど、会社名とかはどうなってるんだ?島崎って名前は使って無いのか』
『や、使ってる。島崎ホールディング。まぁ、島崎なんて名前沢山あるし』
『前に泊まったホテルがあったな?あそこもお前の家の系列のホテルなんだな?』
『そう』
『この際聞いとくけど、実際はいくらだったんだ、あの部屋』
『2〜3万?』
『はぁ、全くお前は』
『いいじゃん。どうせタダなんだしさ』

「あなた、河合さんの言っている事は本当ですの?」
「人事部に一任してある」
苛立たしげに、悟は携帯を取り出し、通話を始めました。短く会話をやり取りした後、和己が確かに採用され、入社している事実を確認するとすぐに通話ボタンを切りました。
「お前…」
「ご存知かと思っていました。それで入社は認めて頂けたのかと」
「よくもぬけぬけと。知っていたら却下していたに決まっている」
「人事部の方が採用を決めたのにですか?」
「認められるわけが無いだろう。お前はただの一般人じゃない。慎吾と付き合いたいなどと言ってる輩だぞ」
「男であることが勿論、許していただけない理由である事は分かっています。ですがどうか、お願いいたします。慎吾の人生を奪うつもりはありません。慎吾が許してくれる限りの間、共に居させてください。その後はただ見守っていたいだけなんです」
「……!」
「親父、オレ絶対和己といるから。何言われても絶対」
慎吾の目には後には引かない、堅固な光が宿っていました。何をするか分からないという危機感が、悟の脳裏をよぎります。
「あなた、ひとまずここはお開きに致しましょう。お互いに落ち着いて物を考えられないと思います」
そう一子が言うと、悟は和己をねめつけ、荒々しい足取りでその場を後にしました。そうして、慎吾や和己も広間を後にしたのでした。

「あいつ、このオレに喧嘩を売りやがった。島崎組組長にだぞ?!ただのハタチそこそこの、カタギのガキが」
悟、一子、一吾が別室で集まっていました。悟がイライラしながら室内を歩き回ります。
「喧嘩を売っているかどうかはともかく、肝は据わっているようですけど」
「何も分かって無いだけだ。極道も、社会の事も、何も分からない無知なガキがいきがりやがって」
「それでも、貴方の会社は採ったわけでしょう。ただの馬鹿では無いのでは?」
「あいつの味方をしてるのか?」
「別に。思ったことを言っているだけですよ」
「だけど厄介なのは慎吾があいつに捕まってる事だ」
「これ以上反対しようものなら、ますます慎吾は私たちに壁を作るでしょうね」
悟は考えます。慎吾の心が捕まっているのも厄介だけれど、和己自身も要注意かもしれないと。
「よし、入れてやろうじゃないか」
「あなた?」
「組に入れとけば、どうとでも出来る。現実ってものも見えてくるだろ。一吾、あいつに伝えてくるんだ。入れてやるとな。だが許したわけじゃないからな、慎吾との事は」
「分かりました」
「大丈夫かしら」
「何がだ?」
「少なくとも河合さんの意志の強さは並大抵ではありませんでした。それに、普通の人間なら極道と聞いただけで逃げ出すでしょう?なのに、逃げ出すどころか、不敵にも男同士で付き合いたいと正面切って言う相手ですよ」
「分かってないだけだ。いざとなれば慎吾が庇ってくれるとでも思ってるんだろう」
「……それなら良いんですけど」

「河合君を組に入れる事になった」
先程決まったことを、一吾が告げに来ました。
「マジかよ?!」
驚愕の表情を浮かべる慎吾とは真逆に、和己は静かに「有難うございます」と頭を下げます。
「何考えてんだよ。っつーか何企んでんだよ」
「まぁ、入れとけば何かと思い通りに動かせるって事だろ。いざとなったら破門にだって出来るわけだし」
「何かヤバイ仕事やらせる気じゃねーだろうな」
「それは無いと思うけどな。舎弟が下手打てば組の看板に傷がつかないとも限らないし。そもそも、そんな事からは手を引いてるだろウチは」
「…つーか、和己も和己だよ。オレに何も相談しねぇであんな事言い出しやがって」
「それは、悪かったと思ってるよ。お前に余計な心配かけさせるだろうってのは分かってるけど、」
「分かってねぇよ!ふざけんな!お前は真っ当に生きてきて、これからもそうするべき人間なのに、経歴にヤクザとか加わっちまったら…」
「慎吾。…悪かった、本当に。それでも側にいたかったんだ」
「……」
「ところで河合君についてだけど、オレの下に入ってもらう事になったから。さすがに慎吾の下に入れるのもどうかって話だしな」
「はい、よろしくお願いいたします」
「まぁ形式的なもんだけど、義兄弟の杯を交わすことになる。明日は日曜だから、やっちまおう。極道は完全な縦社会だから、河合君は組の中では一番下っ端だ。最初は雑用ばっかりやる事になると思う。会社もだから忙しくなるだろうけど」
「はい、頑張らせていただきます」
「慎吾は組長の次男だ。立場的には若衆になる。悪いが他の組員の目に付くような、屋敷内での慎吾との接触はなるべく避けてくれ。ましてタメ口なんてきいてたら示しがつかない」
「はい」
「慎吾も分かってるな」
「……分かってるよ」

「慎吾、怒ってるか、まだ」
「…当たり前だろ」
慎吾の声にはこれまで聞いたことのないほどの怒りが感じられました。
「許してくれ。こうする事しか思いつかなかった。お前の側にいるには」
「何でだよ!普通に付き合えばいいじゃねえか!何でわざわざこっちに来る必要があるんだよ。組にいる限り、色んなものに捕われる。ウチはまだ緩いけど、それでもヤクザなんだよ」
「だけど、お前も歩いてきた道だろ?」
「オレとお前じゃ全然状況が違う!」
何故分からないんだと言いたげに、もどかしそうに慎吾は言います。
しかし和己には別の思いがありました。
(お前は一癖も二癖もあるように思われてるけど、性根の部分では凄く正直で良いヤツだ。だから、感じなくてもいい責任を感じてる。オレはまたお前を縛ったんだ。お前の為にオレが組に入ったという事実が、お前を縛るんだ。オレの事で責任を感じている限り、お前はオレから離れられないんだ)

そして次の日、一吾と和己との間で杯が交わされました。簡略化されたものという事でしたが、それでも数人の組員と慎吾が見守る中、一吾が杯に注がれた酒を飲み、更にその杯を和己が受け取って飲み干しました。
「じゃあ、これから宜しく頼む。皆も、河合の事を面倒見てやってくれ。色々と分からないこともあるだろうからな」
「はい」
そうして一吾と、他の組員が一人を残して部屋を後にしました。その残った組員が、声をかけてきました。
「オレは久保っつうもんだ。分かんねえ事があったらオレに聞けよ」
三十代と思われる坊主頭のその男は、いかにもチンピラといった感じでした。付いてこいと言われ、和己は部屋に残ったままの慎吾を振り返りつつも後に従います。
廊下を歩いている間、この久保には見覚えがある気がして記憶を探っていた和己ですが、ようやく思い出しました。確か、初めてこの屋敷に訪れた際、慎吾と顔を合わせた部屋で、スリッパを投げつけられていた人物でした。
「あの」
「何だ」
「久保さんは、慎吾…さんに付いてらっしゃるんですか?」
「ん…?そうだ。何で知ってんだ」
怪訝そうに見やってきます。
「四年ほど前に、慎吾さんと一緒の部屋にいるのを見かけた事が」
「…あ?お前、あん時のガキか!坊ちゃんと抱き合ってたヤツか」
抱き合ってた、の台詞に一瞬冷や汗が噴出しそうになりましたが、「そうです」と努めて冷静に返します。
「坊ちゃんのダチだからって関係ねえからな。これからは立場をわきまえて行動しろよ」
「はい」
そして連れて行かれたのは、屋敷の玄関に近い所にある六畳一間の座敷でした。
「今日からここがお前の部屋だ。ぶっちゃけすげー寒いからな。布団は二重にかけるぐらいで丁度いいぐらいだ。一応ヒーターもあるけど」
「はい」
「いいか、まず組長や姉さん、一吾さんや坊ちゃん、それに幹部あたりがお戻りになったらすぐに玄関の外に出て『御勤めご苦労様です!』って出迎えろ。それと、インターホンの対応もしろよ。殆ど来ねーけどな。それとお前は平日は出勤って聞かされてっから土日だけになるけど、朝は六時に起きて玄関掃除。それにトイレ掃除に風呂掃除に洗濯もな。そしてこの長〜い廊下を雑巾がけだ。はっきり言って部屋の掃除まで手が回んねーからそれはしなくていい。終わったら電話番しとけ。滅多にかかってこねえけどな」
まるで修行僧のような生活だと思いました。この屋敷が寺並みに広いものだから尚更です。
「荷物は持ってきたか」
「はい、必要なものを取りあえず」
「そうか。なら今日は片付けでもしてろ。ウチの仕事は来週からで良い」
「はい」
「いいか、極道っつーのは、上下関係が絶対だからな。上のモンがやれと言ったらやるんだ。白でも黒といったら黒なんだからな」
「…肝に命じます」
「よし、じゃあ精々頑張れよ」
そう言って久保は部屋を後にしました。

部屋で一人になると、和己は真っ先に慎吾に携帯をかけました。
「…何」
「慎吾、ごめんな。本当にごめん」
「……おれは、お前にこっちに来てほしく無かった」
「お前がそう思うだろうってのは、分かってた。なのに相談もなしに決めちまって、本当に悪かった。だけど、お前の身近な所に、近い位置に居たかった。誰よりも。お前が考えてるより、オレはお前に対して必死なんだ。親父さん…組長にはああ言ったけど、本当は誰にも譲りたくないし、ずっと縛り付けておきたい」
「んな事しなくても、ずっと好きだよ。そんな事分かってると思ってた。だから、四年間だってずっと耐えてきたんだろ」
「…そうだな」
「もういい」
「慎吾」
「もう、どっちにしろ決まっちまった事だ。一旦こっちに来たら、もう簡単には戻れない。そういうとこだから」
「分かってる」
「…じゃあ」
慎吾が携帯を切ってしまいました。慎吾がまだ許してくれていないようで、距離が開いてしまったようで和己は不安になります。あまりに突然で、簡単に受け入れて貰えないかもしれないとは考えていましたが、思っていたよりも慎吾はこの事態を重く受け止めているようでした。


その夜、持ってきた荷物を片付け終え、共同風呂に入って歯も磨き、後は寝るだけとなった状態で、和己は布団に寝転びながら思い悩みます。ずっと慎吾と共に居るために取った行動が、失敗だったのかと。しかし大学生活が残り一年を切った時点でもう考えていたことでした。就職活動ではあらかじめ慎吾から情報を得、会社に入る事を決めていましたし、その後の事も徐々に決心を固め、実行に移した事でした。しかしそれは慎吾にとってはとても受け入れられない事だったのかと心配になります。不安で心臓のあたりがぎゅうっと締め付けられるような感じさえありました。
時刻は十一時を回り、部屋は久保という男が言っていたようにとても寒いところでした。あらかじめよこしてくれた(粗野なところはあるものの根は良い人物のようです)掛け布団をもう一つ上に重ね、今は何も考えずに寝ようと思いました。明日からはこの屋敷から会社へ出勤する事になります。寝坊は禁物でした。
と、ごんごん、と控えめに襖がノックされました。久保さんだろうか、と襖を開けると、そこには慎吾がいたのでした。
「慎吾。…どうした?」
「……」
俯いていて何も言わない慎吾を取り合えず、寒いだろうと中へ入れます。
「まだ、」
「ん?」
何か小さく慎吾が呟きました。
「まだ触ってない。三ヶ月ぶりなのに。ずっと待ってたのに。張り切ってお前を迎えにまで行ったのに、まだ全然触ってない…。お前が」
その慎吾はまるで、泣き出しそうな小さな子供のようでした。
「お前が突然組に入るとか言い出して、ばたばたしたから。…お前は平気なのかよ。おれずっと」
瞬間、慎吾を抱きしめました。力を籠めて。
「ごめんな」
「謝ってばっかじゃん」
「そうだな、ごめんな」
後はただ二人とも無言で抱き合うのでした。

「この部屋寒い」
暫く抱き合った後、身体を離すと慎吾がそう言いました。
「あぁ…だから布団は二枚重ねだし」
「なんでこんな寒い部屋なの」
「下っ端は、幹部を出迎えたり応対したりとかで、この部屋に決まってるみたいだ」
「ふうん」
「なんか、ヒーターもあるらしいから、出すか」
そう言って、立ち上がろうとする和己のトレーナーの裾を慎吾が掴んで止めました。
「オレ風呂入ってきたし。…お前と抱き合ってれば暖かくなるだろ?」
そうして見上げられたら、もうやる事は一つなのでした。お互いに慌しく服を脱ぎ捨て、布団の上に倒れこみました。慎吾は、抱き合えなかった三ヶ月を埋めるかのように和己に普段よりも一層キスを求め、和己もそれに答え、久しぶりに二人は共に夜を過ごしたのでした。

朝の六時半に、携帯のアラームで二人は目を覚ましました。和己は慌てます。
「慎吾、早く部屋に戻れ」
本当は事がすんだ後に一旦慎吾を部屋に帰そうとしたのですが、嫌がったために早朝に戻るという約束でそのまま寝てしまったのでした。
「でも眠い」
本当に眠そうにして言いますが、構っていられません。
「早くしねぇと、他の組員さんが起きてきちまうだろ。オレの部屋から出てくとこ見られたらオレは組に入った一日目で追い出されちまうだろうが。つうかそれだけで済めば良いけど、済まないだろ多分」
焦って慎吾を追い立てますが、慎吾はいかにも面倒くさそうに、「分かったよ」と言いながら服を身に着け始めました。和己は出勤の支度を始めます。スーツを着終わった後にようやく慎吾も出て行く準備が出来たかと思いきや、「スーツって良いよな」とのんびり言い出しました。
「実は昨日も良いと思ってたんだよ、スーツ。何か燃える。今度スーツのままでさ、脱がしてヤんねぇ?」
「言ってる場合か、早く行け!」
相変わらず緊張感に欠け、ぶうぶう文句を言う慎吾を部屋から出したのでした。
ブログでの文章を、多少修正しています。

  
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