夜桜お慎2
昨日と同じ部屋で、慎吾の母と二人きりで向き合う和己は向き合いました。
「あらあら河合さんいらっしゃい。昨日の今日で随分お早いけれど、もうお考えはまとまったのかしら」
「はい、それなりに」
「あらそう、それで?」
「単刀直入に言います。私は男ですが、男の慎吾を愛していますし、別れるつもりはありません」
きっぱりと、和己は言い切ります。
「リスクについては?」
「最終的には、家族に害が及ぶようなら縁を切る覚悟です」
「まぁ、ご家族の方もお可愛そうに。頑張って18になるまで育ててきた息子に縁を切るなんて簡単に言われて。でも貴方が思っているほど簡単な問題ではないのよ」
「それでも、慎吾を手放すつもりはありません。勿論、こちらの家の方にもそう簡単に許して頂けるとは思っていません。私はまだ親の庇護を受ける身で自分の力だけで生きていけるわけではありませんし。…ですから、現在通っている大学を出るまでは、ケジメとして基本的に慎吾にも会わないつもりです」
「基本的に?」
「…一ヶ月…、いえ、三ヶ月に一度だけ会うことを許してください。それ以外は大学を出るまでの四年間、慎吾とは会いません」
「ほほほ、どうせなら一年に一度になさったら?織姫と彦星のようでロマンチックで宜しいのではなくて?」
「すみません。三ヶ月に一度、会わせてください。それだけは許していただきたいんです」
「……」
表情を消して和己の顔を見据える慎吾母。
「大学を出たら、どうなさるおつもりかしら」
「そこで改めて、慎吾と交際する許可を頂けるようお願いに上がるつもりです」
「…そう」
「……」
「分かりました。四年後、再び貴方のお話を伺います。三ヶ月に一度は許しましょう」
「有難う御座います。では、失礼致します」



「三ヶ月に一回、ですか」
隣の部屋の襖が開いて、慎吾の兄が姿を現します。
「優しいですね、お母さん」
「それより彼の事はどうなの。どう思ったのか意見を聞きたいわね」
「思った以上にしっかりしているようですね。あの年にしては。…野球部の主将だったようですし、それなりに出来た所があるんじゃないですか?」
「問題は、四年間持つかどうかだけれどね。あの年では、いくらでも心変わりする余地があるでしょう?」
「そうですね…。でも慎吾に限っては恐らくないでしょう。危ういぐらいに一途です」
「そういう貴方はどうなの。度を越えたブラコンぶりは程々にしておいたらどうかしら。彼が心変わりをしたら一体どうするつもりなの」
「盗み聞きなんて趣味が悪いですよ。…裕樹を使ったんですか?」
「だったらどうなの」
「…開き直りですか。まぁ構いませんよ。でもあくまでこれは、私と慎吾の話ですから。私の思った通りに動かせてもらいます」
「程々になさいな。目に余るほど出なければ文句は言いません。一応貴方を信用しています」
「(一応、ね)有難う御座います」



再び慎吾の部屋に戻った和己は、事の顛末を話します。
「…三ヶ月に一度?!四年間ずっと?ウソだろ?!」
あまりの内容に、慎吾は信じたくありませんでした。
「嘘じゃない。認めてもらうにはそれぐらいやらないと」
「嫌だ、オレ…、無理だ、そんなの。だって一年に四回しか会えねぇんだぜ?何だよそれ…有り得ねぇ」
「無理じゃない。オレ達なら出来る。…オレが三ヶ月って言ったのは、そのスパンならオレもお前もギリギリ耐えられると思ったからだ。それに一、二ヶ月だと納得してもらえないと思った。オレなりに考えて出した数字なんだ。出来るよ、慎吾」
「………」
「オレはお前が好きだ。それはもう言葉にするのが難しいぐらい凄く好きなんだ。今までそんなにハッキリ言ってこなかったけど、こういう事態だから言える。お前も、オレを好きでいてくれるだろ?」
「……」
慎吾は無言で、和己にしがみ付くのでした。
「好きだよ、慎吾。大好きだ」



日も沈み、そろそろお別れの時刻が来ました。慎吾が部屋の障子を空け、裕樹、と声を張り上げて呼ぶとそこへスーツ姿の一人の男が現れます。
「…お、まえ、木下?!」
それは、つい一ヶ月前まで一緒に過ごしていたクラスメイトでした。
「和己を門まで送るから」
「分かりました。外は寒いのでこれを羽織っていってください」
そう言って木下君は羽織を差しました。
「いや待て。木下だよな?何でココに?ていうか、ヤ、ヤクザになっちまったのか?!何でまた、ていうか何時の間に?」
未だ混乱から抜け出せない和己。
「裕樹は元々ウチの人間なんだよ。コイツの親が幹部の一人で」
「マジかよおい…。でもお前ら全然、特に仲良くも無かったよな…?」
「まぁ、コイツはオレになんかあった時の為の見守り役みたいな感じだったから。あんま仲良くても良くないっつーか。てかコイツとはもう保育園に通ってた頃からずーっと同じトコ通わされたからな。もう充分てのもあったけど」
「そう、だったのか?いやしかし驚いたよ…とても極道なんてキャラじゃなかっただろ。どっちかっていうと控え目なタイプだったし…」
そう言うと、慎吾の肩に手を置いて、はぁ〜〜、と大きな溜息をついた和己。その瞬間、鋭い視線を感じたと思ったら、木下君が物凄い形相で睨んでました。
『ウチの坊ちゃんに気安く障るんじゃねぇボケェェェ!!』という心の叫びが聞こえてきたので咄嗟に手を離します。
教室では席が近かった事もあって、時折和やか〜に和己とも話すことがあった木下君の豹変振りに、軽く人間不信に陥りそうになりました。



玄関を出ると外はもう真っ暗でした。ただ砂利が敷き詰められていると思っていた前庭には、一本の桜の木が立っていました。ライトアップされ、堂々とした姿を暗闇の中に浮かび上がらせています。
「おー、凄いな」
「あそこで、ウチの親が花見やったりとかすんだよ。夜桜見物しつつ酒飲んだり」
「もう花びらが落ち始めちゃってるな」
風に吹かれるまま、花びらが次から次へと散っていました。
「でも綺麗じゃん」
桜の木の下に慎吾が歩み寄ると、絶えず落ち続ける花びらに包まれました。桜と共に明かりに照らされた慎吾は、桜の木を見上げます。別れがすぐそこに迫っている今、一体慎吾は何を考えているのだろうと思いました。
暫くして和己を振り返ると、見つめ返してきました。瞳の中には、決意を秘めたような強い光が宿っていました。そんな顔は今までに見た事の無かった類のものでした。どこか近寄りがたい厳しい雰囲気を纏っていました。桜の花びらは依然慎吾に降り注ぎ、その光景に和己は息を呑みました。意思を秘めた慎吾が綺麗に見えました。自分とは全く隔たった世界で生きてきたであろう慎吾の生き様の片鱗が、見えたような気がしたのでした。
そして、自分たちはきっと、必ず出来るはずだと考えます。脳に焼きついたこの光景を忘れない限り、きっと。