夜桜お慎90〜98
一方、和己は会社の昼休みをぼんやりしながら過ごしていました。珍しく食欲が湧かず、義務のように食堂でご飯を口に運びながら、全く別の事を考えていました。 (本当に、洗脳したわけじゃない。ただ、そうなれば良いと思って行動しただけだ。いや、それは充分悪どい。それは分かってる。それでも、恋愛なんてそんなもんじゃないのか。振り向かせるために、男だったら何だってするだろう。…いや、そうじゃない。慎吾は既に、オレに好意を抱いてくれていた。それに付け込む様に行動した。思考は明らかに負の方向に働いていた。そして、慎吾には間違いなく作用していた。それを裏付ける事を一吾さんが言っていた。”慎吾が何かに気を取られている。”、”何かに捕われているようだった”、”お前がいないと生きていけないと”) いくつかの台詞が鮮明に思い出されました。そして慎吾が、自分から離れていくのではと過敏に反応した事実が甦り、もうどうしたって自分は有罪なのだと、和己は何度目かの同じ結論を導き出していたのでした。 午後十時を回った頃、慎吾は和己の部屋を再び訪れていました。 「話したいんだけど」 ぽつりと呟きます。和己は少し戸惑っていました。もう少し慎吾にはじっくり考え、冷静になる時間が必要だと思っていたのです。 「オレは、お前が好きなんだよ。それじゃ駄目なのかよ」 「…駄目ってわけじゃない。だけど、そこに至った過程が問題だ。お前にした事の…」 「そんなんオレだって、オレだって少しは考えたし」 「…何をだ?」 「和己に抱かれたかった。欲情して欲しかったから、何か色々研究したし」 「慎吾、そういうレベルの話じゃないだろ」 「そうだって!だってDVDとか超見たし。何か、虜に出来るような色気とか醸し出せないかな〜って」 「…そうなのか?」 初めて聞く話に困惑を隠せません。あの夜の慎吾は、計算していたとでも言うのでしょうか。あの夜に限らず、これまでも。 「”極道の妻たち”って映画あるだろ。アレに出てくる女優の研究とか。独特の色気あるよな。なまめかしいっつうの?後は”仁義無き戦い”とか」 「本物の極道が、そんな映画見るのか?」 問うべき所は別にある気はしましたが、とりあえず気になった事を指摘してみます。 「”仁義なき戦い”は結構人気あんだよ。こっちの世界でも。そもそもノンフィクション小説から作られた映画だから。ただ、”極道の妻たち”は完全にフィクションだけど。男社会だから、女があんな出張って来ないし」 「で、それをとにかく研究したのか…?」 「うん。どうだった?ぶっちゃけ抱かれるなんて生まれてこの方体験した事無いからさ、こりゃどうにかしねえとなって思ったんだよ。マグロじゃ良いと思ってくれないかもだし、下手したら立たねえかもだし。だから、不自然じゃない程度に女優の色気を手本にしてみた。一応本物だし、いい感じに色気出ねえかなって。どう?実は気になってたんだけど」 どう?じゃねえだろう…と慎吾に思い切り突っ込んでやりたい気持ちで一杯でした。あの日の夜が全ての始まりだったと言っても過言では無かったのです。ただ、質問に答えるとするなら”最高に良かった”としか言えないのですが。 「お前、演技だったのか?」 だとすると和己にとっては少なからずショックな事実でした。 「違うって。あくまで取り入れるべき要素っつうか。うーん、演出つった方が良いかな」 和己は二の句が告げませんでした。まさかそんな事を実践していたなんてと。 「それにさ、オレちょっと気付いてたんだよ。お前が故意にかどうかは分からないけど、あの夜の翌朝さ。お前の言葉を信じちゃったらきっともう戻れないって。だけど、オレはお前の手を取った。ヤクザって後ろ暗い事情があったからいずれ手を離さざるを得ないのに気付いてたけど、それでも、それ以外の選択肢を選べなかった。好きだったから。今も好きだ。捕まってるっていうならオレは、最初から捕まってたんだきっと。あの日、それが決定的になっただけで」 「オレを擁護してるだけじゃないのか」 「ちげーよ。自惚れんなよ」 いたずらっぽく慎吾は笑います。和己が思っていたより慎吾は冷静で、あの日の取り乱しようはまるで無かったかのようでした。自分が、慎吾をたぶらかしていたと、勘違いしていただけだったような気さえしてくるのでした。 「本当にお前は、オレには勿体無い男だよな」 「何、今頃オレの有難みに気付いた?」 笑いながら言う慎吾はすっかりいつも通りの様子でした。しかし少し間を置いて、伺うように言いました。 「じゃあもう、別れるとか言わないよな…?」 急に不安げな顔を覗かせます。 「別れるなんて一言も言ってないだろ」 「でも、そういう流れになってもおかしくない雰囲気だったから」 「別れねえよ。お前が嫌だっつっても居るぞ。お前の方こそどうなんだ。もう遅いからな。嫌がったって付きまとうぐらいはやるぞ、オレは」 「こえ〜」と言いながら笑います。慎吾の笑顔に、和己はようやく心の平安を幾分取り戻すことが出来たのでした。 それから後は、今後の事について話し合いました。和己は実家へは帰らず、少し貯金も貯まったので賃貸マンションに住む事を決めました。また、ごたごたの中で忘れ去られそうになっていた旅行へ行くことも。 「あのさ、オレも一緒に住んじゃ駄目…?」 慎吾が伺うように切り出してきます。 「そりゃ、オレとしちゃ嬉しいんだけどな。…嬉しいんだけど、一吾さんがどう思うかだよ…」 思わず、遠い目になります。一吾とはあれ以来顔を合わせていませんでした。合わせるのが怖くて避けていたのですが、そもそも組関係の事で忙しくあちこちで歩いているようでした。 「ホントにあの時は怖かった。それで凄い痛かったんだよ。正直ナメてたのかも。極道を。もうゴメンだ。そりゃ、ずっと顔合わせないわけにはいかねえけど」 「でももう大丈夫じゃね?上手く纏まったしさ」 しかし、一吾がそう取ってくれるかは怪しいところでした。一吾の言い分は正論で、なんら言い返す事は出来ないのです。 「一吾さんは、お前の事を凄く大事に思ってるんだよ。だから、はいそうですか、なんて言ってくれないと思うし。自重しないと駄目だと思う」 「自重って!オレら何年間自重してきたんだよ!もう沢山なんだよ」 「でもなぁ…」 頭を悩ませます。 「大丈夫だって。オレから兄貴に言っとくから。もう問題無えっつって」 慎吾がそう安請け合いします。 「ちょっと待て。お前の軽いテンションがオレは不安だ。一吾さんに悪く取られて、逆に悪化したらどうする」 「信用しろって」 いつもの軽い調子で言います。 「悪いけど、こういう事に関しちゃお前を信用できない。そもそもお前は家族だからそんな楽観的で居られるんだ。向こうからしたら、オレはお前をたぶらかした男なんだからな」 すると慎吾は少し考え込み、暫くすると昔話を始めました。小さい頃から、極道一家という事実に孤独感を抱いていた事。隠さなければならない事実に、兄弟二人、そして木下と共に耐え、孤独を互いに紛らわせてきた事。そうして自然と人一倍に絆が強くなっていった事などです。慎吾は小学生の頃から野球に打ち込み始める一方で、一吾は跡取りとしての義務と、自分たちを守るために様々な格闘技を覚えたといいます。 「兄貴はオレが泣きつくと大抵、解決してくれたし」 例えば、慎吾が中学の頃に髪の色が明るい事を他の同級生に咎められ、因縁をつけてきた際には相手をボコボコにしたといいます。 「そん時はさすがに、あんま頼りすぎても駄目だと思ったけど」 そして和己が初めて屋敷に来た時、慎吾の家の事情を知って帰って行った後も、つい一吾に泣きついたと言うのでした。 「もしかしたら和己がオレの事捨てるかも、どうしよう、って。したら兄貴が”河合君はお前の側からいなくなったりしない”って確約してくれた」 「待てお前、そんな事言ったのか」 「うん。何だかんだ言って頼りになるからな。ぶっちゃけ家に居ない親父より」 和己は空恐ろしくなりました。それなら腹に一発食らうのも当然といえば当然で、仮に慎吾と別れるなんて判断を下したら、それこそ恐ろしい目に遭うのは目に見えていたのでした。そんな気は更々無かったものの、もう一度しっかり一吾と相まみえる必要はありそうでした。 「組長がいない屋敷で、きっと一吾さんはお前の父親代わりの部分もあったんじゃないのか。そうなるとやっぱり、ちゃんと話を通さないと駄目だな」 腹をくくるしかないのだと、自分に言い聞かせるのでした。 実際に腹を括ったのは、それから五日も後の事でした。怖かったのです。 慎吾からは容赦なく「ヘタレ」と罵られました。 「何か用か」 一吾の部屋へと赴くと、忙しそうに書類に目を通している姿がありました。 「慎吾の事で、お話が」 「何だ」 短く切り返してきます。余程忙しいようでした。 「単刀直入に言うと、慎吾と別れることは出来ません。何より大事に想っていますし、自分のした事の責任を取って、これからも共に生き続けていきたいと思っています」 そう言って、畳に擦り付けんばかりに頭を下げたのでした。 一吾はそれを一瞥すると、「それで?」と言います。 「あ、いえその。それだけですが。しかし一吾さんにはちゃんと話を通しておくべきだと」 「お前は」 書類を捲ります。 「自分にどれだけの価値があると思ってる?」 「え?」 思ってもみない質問に、たじろぎます。 「仮に慎吾が、お前の事を好きじゃなくなったとしよう」 目線は相変わらず書類の上にあります。 「そうしたらお前は用済みだ。必要ない」 「……」 思わず、絶句します。 「しかし慎吾は今の所お前が好きだと言ってる。しかも恐らく長続きするだろう。だから、腹に一発くらう程度で済んでる」 なくなったはずの腹の痛みが、ぶりかえしてきたような気さえしました。 「間違ってもお前が慎吾を一方的に振ろうとしたら、オレは全力でもってそれを阻止する。お前の意思に関係なくだ。何故ならオレは今までそうやってきたからだ。これからもそうする」 書類に何やら書き込みをし、拇印を押しました。 「それだけだ。下がっていいぞ」 ほぼ一方的に、一吾との話は終了したのでした。 「というわけなんだが…」 事の次第を、慎吾に話して聞かせました。分かった事は、自分は島崎家から解放される日は訪れないという事でした。しかし慎吾を愛している限り、問題は無いといえば無いのです。とはいえ、やはり告げられた内容は、鳥肌を立たせるのに充分なものなのでした。 「まぁ、これまでもそうだったから」 慎吾はあっさり言いました。 「ちょっとブラコン入ってんだよ、ウチの兄貴。オレもそれに甘えてたかも」 ちょっとどころじゃないだろう。と言いたいのは山々でしたが、言っても余り通じそうに無いので止めました。 「まぁこれで二人暮しも問題ねえだろ?」 打って変わって慎吾はうきうきと言い出しました。問題は、未だ残っているような気がするのですが(慎吾の親の了解を得ていない事など)、今は考えないことにしました。 「とりあえず、旅行行くか…」 溜息と共にそう吐き出したのでした。 慎吾との始めての旅行はそれは楽しいものとなりました。大正ロマンの雰囲気が随所に感じられる宿は、それは新鮮なものでした。 仕事の役に立つのではと、デジカメを取り出して和己は写真を沢山撮り、慎吾にいい加減にしろとたしなめられる程でした。 楽しい旅行から帰ると、和己はいよいよ屋敷を後にすることとなりました。組員達は、足を洗うもの、島崎組が経営していた金融部門に専念する者、傘下の組に入るもの、様々でした。 また屋敷を出た後は二人暮しを、という話を和己達はしていたものの、何も具体的な話は決まっていなかった為、和己はひとまず実家へと帰りました。その後慎吾との話し合いを持ったのですが、問題がいくつか立ちふさがりました。 「オレ、料理とか出来ねえよ。つうかやった事ねえし。どうすんの?」 とまるで他人事のように慎吾は言いました。しかしそうは言ってもご飯を作らなければ暮らしていけません。和己は組に勤めていた間にご飯の支度の手伝いをさせられたものの、一人で作ったことはありませんでした。 「何とか作るしかないだろ。二人で」 すると慎吾は即座に「無理」と切って捨てます。 「いやだって料理とか。有り得ねえって。男は台所に入るなって言われてきたし、それが毎日料理とか絶対無理」 端から投げ出すような物言いに、さすがに腹が立ちます。 「そんな事言ったって二人で暮らすんだぞ。オレに全部やらす気か?料理以外にも色々あるだろ。掃除洗濯とか。ゴミ出しに風呂掃除に…」 すると慎吾はあからさまに顔をしかめました。 「ホントにそれ二人で全部やんの?んな事やってたら一日終わっちまいそうじゃね?仕事から帰ってきてそんな事までやりたくない。つうか、やった事無いし。オレヤダ」 「お前が一緒に暮らそうっつったんだろうが!」 「そんな大変だと思わなかったんだよ。てか世の中の一人暮らしの人間は皆そんな事やってんの?すげーな」 感心したように言います。和己は今更ながら、慎吾の生まれについて気付かされる思いでした。 「お前ホントに何もして来なかったんだな。箸より重いもの持ったことないってか。あ、バットは持ってるか」 「何かオレの事馬鹿にしてね」 「してる。残念ながら。でも仕方ないな。そういう風に育ってきたわけだから」 そして考えた挙句、二人暮しは無理、という判断を和己は下しました。慎吾は酷く不満げでしたが、家事が出来るのかと言われると、口を尖らせるだけで何も言う事が出来ないのでした。 「つまんない!」 一ヵ月後、連絡を寄越してきた山ノ井に、組の解散を改めて伝えると心底つまらなそうに言いました。 「ヤクザと刑事、てのが良かったのに!ドラマチックで!」 慎吾の携帯から聞こえてくる、比較的大きな声に、和己は顔をしかめます。ドラマチックな何かがあるのかと言いたくなるのでした。 「ねぇ慎吾、実は存続してないの?解散したと見せかけて、実は大きな陰謀を巡らせてるとか」 あまりに一方的な物言いに、慎吾はさすがに反論します。 「あのさぁ、仮にも友達が陰謀の片棒を担ぐような人間で良いのかよ!」 「だって何も起こってないよ、オレ達の間に。せっかく面白いシチュエーションなのに。そんな、あっさり解散するなんて思ってなかった…」 すっかり意気消沈した様子の山ノ井に、呆れて物も言えません。 「いいじゃねえか。これからは普通に友達として会えるし」 「それじゃ普通だし。面白くないし」 あっけらかんと言う山ノ井に、これ以上話してもしょうがないと、慎吾は悟ったのでした。 数ヵ月後、季節は春を迎えました。結局二人は同居はせずに、外で会う日々が続いていました。 ただ、桜の咲く時期だけは、かつての島崎組の前庭の桜を二人で見ようと決めていたのでした。 二人の目の前にはその桜が今、正に満開でした。ライトに照らされて闇夜に浮かび上がる桜木は、今年も変わらず絢爛豪華に咲き誇っていました。 「まだ花びらは散ってないんだな」 「おー」 和己は目を細め、記憶を辿るように言いました。 「花びらが絶え間なく散ってて、その中にお前がいて、前はそれが凄く、なんつうか…良かったんだよ」 「…へぇ」 照れてしまって何と言っていいのか分からない慎吾は、愛想無く返しました。 「まぁ、それはそれとしてだな」 和己は言い辛そうに切り出しました。 「覚えてるか。オレが去年言った事」 「去年?去年のいつだよ」 まったく心当たりが無さそうに慎吾は眉を寄せます。 「ちょうど今ぐらいの時に」 「…なんだっけ」 「おいちょっと待て、ホントに忘れてんのか!桜の前で!言っただろうが!」 急に激高する和己にたじろぎつつ、ようやく記憶の糸を手繰り寄せることが出来た慎吾が慌てて取り繕うに言いました。 「あ、あぁ思い出した。うん。いやお前、去年桜の前で、って言ってくんねぇと」 すると再び和己は口ごもるように言いました。 「それで、その、どうなんだ」 「結婚?日本じゃ無理だろ」 何とも現実的な返答をします。 「いやそうだけど!そうじゃなくて!気持ちの上でどうなんだ?オレとその…一生やってこうとかそういう気はあるのか。そこが聞きたいんだろうが!」 「キレんなよ」 「お前が怒らすんだろ?!」 キョドったり怒ったりと忙しい和己を尻目に、少し間を置いて当たり前のように慎吾は発言しました。 「断るはずないだろ」 「じゃあOKなんだな?」 ぱあっと花が開くような笑顔を和己は見せました。百面相が結構面白い、と慎吾は考えつつも、「うーん。保留」などと返しました。和己は目を剥きます。慎吾はそろそろ限界点が近そうな和己を制しつつ、「自信が持てない」と真面目に訴えました。 「何が不安なんだ」 「不安…つうか。何ていうか、そういう性分なんだよ。だから」 「はあ?もっと分かりやすく言え」 「いやだから、安易に”うん”とか言えねえんだ。安易に言うつもりは無いけど。こういう関係に絶対は当たり前だけど無いし、だったらやっぱり”うん”て言えない。確信の無いものに、あんまり答え出したくない。でも、気持ち的には凄く”うん”て感じだし」 「でも結局、言葉にしてはくれないんだな?」 「悪い」 「そう、か」 それから二人は暫く沈黙し、桜の木を見つめていました。 しかし急に慎吾は名案を思いついたように和己に振り向きました。 「なあ、こういうのどうよ。毎年、この桜の木の前でさ、お前がプロポーズしてくれんの。でも一年限定。一年なら確信無くてもまあ頑張れるかな〜って思えそう」 「ふざけんなテメエ、どんな上から目線だよ!」 瞬時に慎吾の首をホールドし、締め上げます。 「オレは何か?毎年プロポーズして、その度に”一年だけOKだけど、その後は分かんない”とかいって保留され続けるのか。ふざけんな!」 更に力を加えてギリギリと締め上げます。さすがに慎吾は腕をタップし、降参の意を示しました。 「結構良い案だと思ったのに…」 「本気で言ってんのか。お前にとっては良い案、の間違いだろ」 「でもさ、お前と一緒にいたいよ。できればずっと。ほんとだし。ていうか、もし放り出されたらオレが茫然自失しそう」 「なら”はい”って言え」 「いやだからそれは無理」 それから暫く、それが矛盾してる、でも無理、といった不毛なやり取りが続きました。 結局根負けしたのは和己でした。 「もういい。とりあえずずっと一緒にいたいっていうのは共通の希望だろ」 若干強引に意見をまとめる事にしました。慎吾はそれにあっさり乗りました。 「そうそう」 「お前は高校ん時からほんと変わんないよな。軽いくせに重く捉える」 「そっくり返すから。お前こそ変わってねえから。何かにつけてはっきりさせたがるだろ。答えを求めてくるし」 「お前はそれをのらりくらりと交わすんだよな。で、オレがイラつく」 「馬鹿お前。のらりくらりと受け流すオレに色々助けられてきただろが」 「そんな事あったか?」 「お前知らないところで結構助けられてるからな。波風立たせず受け流す副主将に」 「ホントかよ」 「当たり前だろ。部員に気を配る主将っぽくみせかけて実はかなり鷹揚な主将と、適当そうに見せかけて実は心配りが半端ない副主将のオレであの世代は成り立ってたんだよ。山ちゃんは別枠として」 「お前の主観だろ。見せかけてねえ。ちゃんと気を配ってた。てか山ちゃんが怒るぞ」 「いねーから良い」 「山ちゃんいないと強気だな」 「いいだろ別に」 それからまた少し、沈黙が降りました。住宅街からも少し離れた、田んぼに囲まれた屋敷の中は、二人が黙ると途端に無音になります。 「組長…じゃなくて、親父さんとお袋さんは元気か」 「んー、これまであんまり家に帰ってこなかった親父が殆ど毎日帰ってくるようになったから、ちょっとお袋がウザがってる」 「やっぱり大変だったんだな、組と会社の両立は」 「まぁ、そうだろうな」 「…一吾さんは」 「会社を手伝う準備はしてたんだけどな。自分はこっちに向いてないとか、性に合わないとか言って、何か別の事始めようとしてる…みたい」 「一吾さんは、多分一番向いてたんだろうな。極道に」 「どうかなぁ。そうなのかもしれないけど、でもそれはそういう環境に置かれたからそうなっただけかも」 「そっか…」 「今忙しく動き回ってるみたいだから、何か別に向いてる事見つけたんじゃね」 「なら、良かった。ところでお前、一吾さんにはちゃんといい感じに伝わってるんだろうな。オレ達が上手く行ってるってあたりを」 「んな事いちいち報告しねえよ兄弟で」 「お前そこは重要なトコだろ!オレの身の危険に関わるだろ。進んで報告しろ。今日も平和に仲睦まじくやってますって」 「はあ?」 「お前、一吾さんにオレが言われた事忘れたわけじゃないよな?いい加減正しく理解してくれ。お前に対する一吾さんの過保護ぶりを。はっきり言って、世間のブラコンと言われる所からはかなり逸脱してるからな」 「え、あー、うん」 歯切れの悪い答えが返ってきます。 「いやでも兄貴に世話になってっし。てゆーか大丈夫だから。お前がオレを手酷く振らない限り。いや別にそうなったとしても兄貴に報告するつもりはねえし。…ああでも」 「何だよ…」 「兄ならではの勘で気付いちまうかも…。いや、それよりオレが、辛さに絶えかねてつい、頼っちまうかも」 ちらり、と下から伺うように和己に視線を向けます。 「お前、ちょっとオレを脅迫してねえか」 「あ、そう聞こえた?いや〜気のせいだと思うけど、でも結果的にそうだったらごめんね」 いけしゃあしゃあと言います。 「否定しねえのかよ…いいけど」 脱力しつつ、ずるい男の頭に手を置き、くしゃくしゃかき回しました。 「帰るかな。ちょっと冷えてきたし」 「つか久しぶりに泊まっていかね?」 「嫌だ。一吾さんと顔合わせたくない。怖い」 「ヘタレ」 「ヘタレで結構だ」 そうして和己は、前庭をゆっくり歩いて門へと向かいます。 「なあ!」 慎吾がその背中に声をかけました。 「また一年後、桜見ようぜ!」 「…一年か。しょうがねえから、また聞いてやるよ。その時な。来年も一緒に桜見てくれますか、って」 結局、和己は慎吾の提案を受け入れてくれたのでした。慎吾は幸せに浸かっている自分を自覚します。 「兄貴、今日もオレら相当ラブラブだった」 和己の優しさは、慎吾にそんな恥ずかしい告白をさせるに至ったのでした。 END ← |