「ここが良い」
 二人で住むアパートの下見をしていると、二件目に来た物件を一目見た慎吾がそう言った。
「まだ中も見てないだろ。それにちょっと高いしな、ここ」
不動産屋で勧められた複数の物件の中でも、やや高めだったこのアパートを、最初に除外しようとした自分を押しのけ、ここを見たいと言い出したのは慎吾だった。何がそんなに気に入ったのかとその時は思ったのだが、慎吾の視線の先にあるものを目にして、少し得心が行ったと思った。
「そのフクロウが気に入ったのか」
「違ぇ!」
即座に否定したが、ムキになる時点で肯定しているも同然だと思う。マンション名が刻まれた木の板(を模した鉄製の何か)の両側に、石で出来たフクロウの置物が二体配置してあった。そのフクロウが丸っこくて中々可愛らしいデザインなのだった。それが気に入ったに違いない。
「そうじゃなくて、全体的なセンスが気に入ったんだって」
確かに、建物の脇に植えてある植物などを見ても、他のアパートに比べてデザインの面で拘りを持って造られたのだろう事が伺えた。だからこそ、少々家賃が高めに設定されているに違いないのだが。
「場所も丁度良いしさ。大学から、近すぎず遠すぎずで」
慎吾の兄の友人が言うには、大学から近すぎると友人や仲間連中の溜まり場になってしまいやすく、かといって遠すぎると通学が大変だというので、中間あたりが良いのだという。
「他にもあるぞ、このぐらいの距離で。大体、親から仕送りを貰う身分で、センスがどうとか贅沢言ってられないだろ」
そう言うと、口を噤んだ。さすがに自覚しているらしい。とりあえず、中を見てみますかと不動産屋に促され、中に入る。
「こちらは今年の九月に出来たばかりの新築ですし、立地も良いので人気があるんですよ。豊島区内ですと、うちで扱っているのはこのアパートと、先程のアパートのみになりますね」
「ほらほら」と、慎吾が後押しするように言う。
 住む場所を決めるに当たって、これは譲れないと慎吾が言ったのは、古すぎない(出来れば築二〜三年程度)、狭すぎない(二人で住んでもそこそこ余裕がある)、フローリング(畳は嫌)、そして先程の近すぎず遠すぎず、といった事だった。正直住む事さえ出来ればどこでも良いと思っていた自分とは考えが余りに隔たっていて、贅沢すぎないかと思ったものだった。
「多少は高いかもしんないけどさ、二人で割ればこの部屋だと四万三千五百円だろ?一人暮らしの奴に比べたら、全然良いって」
「でも、さっきの物件のが安いぞ」
「だって築十三年だぜ?絶対出るってゴキブリ的なモンが。オレ無理。絶対耐えらんねえ。狭いしさ」
慎吾が言うのも分からないではない。神経質な所があるので、古い所が嫌なのだろう。また、先程の物件は二人では狭いかと思ったのも事実だった。
「もうこれは決まりだろ。ここしかない。オレの勘がそう言ってる」
「何が勘だ。大体、不動産屋は他にもあるぞ」
そこは小声で言う。
「ここが良いんだよ!」
「お前はさっきのフクロウが気に入ったんだろどうせ」
「ああそうだよ悪いかよ」
開き直ってしまったらしい。ふてくされたような顔になった。
 慎吾は顔に似合わず、可愛いものが好きだった。特にムーミンがお気に入りで、以前買ってやったムーミンの貯金箱を今でも大事に使っている。
「まぁ、確かに良いとは思うけどな…」
「だろ?」
そこで不動産屋が口を開いた。
「もしお決めになるのでしたら、お早めに申し出て頂いた方が良いかもしれません。この部屋は広いのでそうでも無いのですが、他の部屋はどんどん入居が決まっていますし」
その一言で慎吾はすっかりその気になってしまった。とりあえずその場は、少し考えます、と言って退散したのだが。

 その後、他の不動産屋にも行ってみたが、慎吾の意見は変わらなかった。俺自身も、悪いとは思わない。ただ、学生には少し贅沢なのではという点が引っかかっているだけだった。何せ設備を挙げると、システムキッチン、ウォシュレット、TV付インターホン、オートロック、カードキー、エレベーター、BSアンテナ、ケーブルテレビ、インターネット光ケーブルと、揃えられる物は全て用意しましたと言わんばかりだ。

 その夜、親にも相談してみたのだが、場所柄からしても一人暮らしする事を考えれば安いのだから、別に構わないという事だった。親にもそんな事を言われてしまうと、特に反対する理由もなくなってしまった。そんな訳で、慎吾に半ば引きずられる形ではあったが、アパートが決まる事となった。
現在書いている、同居話の序盤になります。萌えとかあまり無さ気なのが微妙かなと思っている所で、少し載せてみたのですが。大体、こんな感じの雰囲気で話が進みます。ちなみに、3日間シリーズを読んでない方にも読めるように書いてるつもりです。