次の日の慎吾は絶好調だった。 部活の朝練ではそうでも無かったが、クラスでは休み時間に机の周りをクラスメイトに囲まれて、トークも冴え渡る、といった感じだ。 一方のオレは普段通りだ。 慎吾に一言、メシを学食で一緒に食おうと誘われたぐらいで、後は何事も無く過ごしていた。 4時限が終了し、さてメシだ、と思ったら、クラスメイトの一人に、今しがたの授業に関して質問された。 分からないところがあったらしい。大した時間も食わないだろうと思い、教えてやる。 気が付くと既に昼休みを10分程過ぎていた。 慎吾の姿を探すと、クラスの女の子と談笑しながら、時折おかずを分けてもらっていた。 それならと、取り合えず先にトイレに行ってしまう事にする。 戻ってくると、慎吾が教室の窓を背に、腕を組んでこちらを睨んでいた。 「お前さ…何なんだよ」 「?何なんだよ、って何が」 「メシ一緒に食うって言ったよな」 「あぁ」 「なのに何か他のヤツと勉強してるし」 「分かんないとこ聞かれたんだよ」 「気がついたらいねぇし」 「便所行ってただけだろ」 「……あっそ」 「何そんな怒ってんだよ」 「別に」 「…」 「別にお前が気にする程度のことじゃねぇよ」 そうは言っても明らかに慎吾は怒っている。かと言って、これ以上聞くと更に事態を悪化させそうだった。 仕方が無いので、殆どお互い無言のままで学食へ向かった。 それにしても空気が重い。 なんだかこの空気にはデジャブを感じた。 暫く記憶を探っていると、思い当たる出来事があった。 2年の時に付き合っていた彼女が、何やら急に怒り出し、『河合君てそーいうとこあるよね』等と言い捨てて行った時の空気だ。 正直オレには彼女が怒った原因が分からず、結局、その雰囲気を引きずったまま別れたのだった。 慎吾とは早くもそれが起こっている。 付き合うとか言った次の日だ。早すぎる。もしかして成田離婚並みのスピードで破局か。 そんな事を考えながらトンカツ定食を食べていると、声がした。 「慎吾!」 「…あぁ」 「ねー、珍しくない?学食で食べてるのって」 「んー、まぁ」 「聞いたよ〜?彼女と別れたんだって?いい子だったじゃん」 「耳早ぇな〜」 「ホントしょうがないよね〜慎吾は。まぁらしいけど〜。ね、じゃあ今フリーなんだ?カワイソー」 「うっせーよ」 「あはは。じゃあ休みの日とかヒマなんじゃない?今度皆で遊びに行こうよ〜」 「やー、パス。練習あっし」 「そうなの〜?じゃーさ、休みの日出来たら声かけてよ」 「あー、出来たらな」 「ホントだよ〜?」 「ん」 そう言って彼女は去っていった。 親しげに話しかけてきていたが、親しげと言うか、慎吾に近付こうみたいな意思のようなものが感じられたのは気のせいか。 顔に見に覚えが無いので、慎吾の元彼女などでは無さそうだったが、 何事も無かったようにうどんのつゆをすすっている慎吾に、取り合えず聞いてみることにする。 「今の、友達か?」 「友達っつうか、別にそういうわけでも無いけど。去年クラスが同じだったぐらいで」 「へぇ」 「…」 「…」 会話が途切れてしまった。 これまで慎吾と過ごしてきて、こんな風な沈黙が続いた事は殆ど無い。 やはり友達関係とは違って、こういう微妙な空気になってしまうものなのか。 オレは付き合うことに同意して良かったのか。コイツは大事な友達だったのだ。それを代えてまで付き合う必要はあるのか。 そこまで考えて、いや、と思う。 あの慎吾が本命だと言ったのだ。人格変わったんじゃねぇのか?と思うほど慣れない様子のここ数日間を思い出し、これで良かったのだと思い直す。 そしてこのまま黙っていてもしょうがないので、慎吾が怒っている原因について明確にさせようと思った。 「なぁ慎吾」 「何」 「さっき、オレが何か悪い事したなら謝るよ。あ、そうだ。勉強教えてて昼休みが減った事に怒ってたのか?」 そう言えばコイツは意外にというか、時間に細かい。 以前待ち合わせで15分ぐらい遅れて行ったら、『お前、ふざけんな』等とキレ気味に言われた。『わりー慎吾』、と余り反省した様子を見せず、のんびり歩いてきた所に問題があったのかもしれないが。 「ちょっと違う」 「どの辺が違うんだよ」 「…っ、だってお前、約束してたのに他のヤツに勉強とか教えてんなよ。オレの事は気にも留めてねぇみたいな感じで」 ![]() ![]() 「でもお前だって、女子と仲良く話してたじゃないか」 「お前が全然オレをかえりみないでいるからだろ!さすがに勉強終わったかなと思って席見たらいねぇし!」 「だから便所行ってたんだって」 「オレはお前のそういうマイペースさが嫌なんだよ。ちょっとは焦って、待たせて悪かったの一言も言っとくべきだろ!」 「…あぁ、そうか。悪かったな慎吾」 「お前ホントに思ってるか?」 「思ってるよ」 「……なら良い」 慎吾は未だどこか口を尖らせつつも、納得したらしい。 その後は何事も無く、談笑して昼休みを終えた。 これまでと変わらない普段どおりの慎吾だ。ただ、どことなく浮かれた様な表情をしているようにも見えた。 そういう顔はあまりした事がなかった気がする。 放課後、部活が終わって部誌を書いていると、一緒に帰ろうと慎吾に誘われた。 異論は無いので了承する。 そして部活後、帰り道を二人で歩いていると、慎吾が唐突に喋りだした。 「あのさ。後から思い返してみたんだけど。なんか、ちっちゃい事に拘って、くだらない女の嫉妬みてーだったよな。ダセー、オレ」 「…ん?…あぁ」 既に俺の中では終わった出来事だったので、反応が遅れた。 しかし、恋愛事に関してダサい慎吾というのはオレには貴重というか、珍しい。 「別に良いよ。不満溜めるより全然良い。これからも不満があったら言えよ。要望とか」 「要望…?」 「おう。もっとこうしてくれ、とか。全部が全部答えられるわけじゃないかもしれねぇけど」 「……」 慎吾は暫く沈黙し、やがてボソボソと喋りだした。 「じゃあ…さ」 「ん?」 「キス…とか」 「…え、あ、したいのか?」 ちょっとうろたえて、つい聞いてしまったが、したくもないのに言うはずがない。 キスか…つい数日前まで友達だったヤツとキス、となるとやはり少し腰が引ける気がする。 しかし確認するまでもなく慎吾は至って真剣で、オレと目を合わせられないのが良い証拠だ。 「ごめ・・・お前が言ってるのって、そういう事じゃないよな。悪り」 と言ってオレの横を通り過ぎて先に行こうとするのでつい腕を伸ばしてしまった。 驚いたように振り返る慎吾に軽く口付ける。 目を見開いた慎吾が呆けている間に、後頭部に手を添えてもう一度しっかり唇を合わせた。 顔を離すと、顔を赤くした慎吾がいた。 抱きしめて、頭を撫でてやる。 どうもオレは、天邪鬼な所があるらしい。引かれると、押したくなる。 でも今のはそれだけじゃなかった。 慎吾の顔が、少し歪んでいたように見えたからだ。 しかし住宅街の夜道で良かった。いや、慎吾もその辺は分かって言ったのかもしれないが。 しばらくそうしていると、顔をオレの肩に埋め、背中に腕を回してきた。 そういえば、とオレはふと思い起こした。 昼間にも思い出した、別れた彼女の話だ。 その当時、何で別れたのかと慎吾に聞かれたので、事の顛末を話したのだ。 『馬鹿お前、女がそう言うって事は相当キてるって事だからな?「そういうとこあるよね」の一言には、「今まで我慢してきたけどもう我慢出来ない!いい加減にしてよ。こう言って直らないようなら、もう知らないから」ぐらいの気持ちが詰まってんだからな。そうなったらもう、ただ謝るしかねーよ。悪かった部分を丁寧に聞き出して、謝る。そしてもうしない。これだ』 『つってももう別れちまったしなぁ。つか、そこまでの意味が詰まってんのかよ。女専用の翻訳機がいるじゃねーか。オレには無理だ』 『簡単に投げ出すなよ。良いか、女は不満があっても結構内に溜めてっから。何か不満げな一言が飛び出したら、理由を聞いて謝る。これしかない』 『凄ぇな慎吾〜。あんま続かねぇ割に』 『テメー、それが真面目に話してやってるオレに対する態度か』 そういって、ヘッドロックをかまされた。 しかし慎吾は女ではないが、もしかするとこの事例が多少、当てはまるのではないだろうか。 だとすると、昼間のオレの対応は間違ってなかったという事になるのか。 そしてもしかすると、今の『キス…とか』の一言には、「メチャメチャ好きだ、キスしたい!ダメか?でもオレはスゲーしたい!』ぐらいの意味が詰まっていたりするのか。 そうすると、慎吾の歪んだ表情にも納得が行くが、しかしコイツは女じゃないしなと思い直す。 「お前ってさ…」 肩口でもそもそと慎吾が喋りだした。 「何だ?」 「や、別に」 慎吾が「別に」、という時は、別になんて事はないと知っているが、つっこまないで置いた。 「和己」 「何」 「好き、だから、な」 「…」 何と答えていいか分からなかった。 肝心の俺の気持ちはどうなのか、はっきりとした答えを出さないままこの状況に陥っていたのだ。 でも。 オレはここ数日で、何回慎吾を可愛いと思っただろうか。 付き合うのを承諾したのは何故だ? 今もキスして抱きしめてるのは? その場の成り行きか?成り行きだけで男の親友にこういう行動をとるのか。 オレももしかして慎吾を好きになりかけてるのだろうか。 取り合えず抱きしめたままだった慎吾の身体を開放すると、慎吾は少し名残惜しそうな顔をした。 と思ったら急に後ろを向いてしゃがみ込んだ。 「あ゛〜〜!ありえねぇ。寒い、寒すぎるオレ…!」 「…」 我に帰って、今しがたの告白が赤面ものだったと思ったようだ。 なのでここはノッてやる事にした。 慎吾の嫌がる方向で。 オレは慎吾の肩を叩き、「んな事ねぇって」と声をかける。 振り返った慎吾に、オレはあからさまにニヤニヤしてみせた。 「可愛かったよ慎吾。いや〜オレも心打たれたって言うか。お前ってなんかこう健気?一途だよなぁ」 「テメェこの野郎…!」 慎吾はオレを睨みつけて来たが、顔を未だ真っ赤にしたままで余り迫力はない。 が、取り合えず宥めておく事にした。というより、また抱きしめたくなったからと言うのもある。 しゃがんだままの慎吾の背に腕を回し、背を撫でつつ「ごめんごめん。悪かったって」と謝罪の言葉を口にする。 しかしこんな道端で何をやってるんだろうなとも思う。 「…きたい」 「ん?」 「休みにどっか行きたい。つか行ってくれたら許してやる」 「……」 何でコイツはわざわざ交換条件を出すんだろうなと思う。告白にしても、さっきのキスにしても、何かキッカケがないと、便乗しないと、言えなかったみたいに。 大体、慎吾とはたまに休みの日に遊びに行く事も別にあったわけだし、今更そんな風に言わなくても、予定が合えばいくらでも行く。 しかし、オレが悪いのか?と思い直す。付き合うことには了承したものの、好きとは言っていないし、慎吾にしたら微妙な状態なのかもしれない。 「別に良いよ。次の休みとか予定ないし。お前は?」 「無い」 即答だ。 「じゃあ、どっか行こうぜ」と言ったオレに「うん」と返事した慎吾が、何か甘えてるような感じで、何とも言えなかった。 慎吾がどんどん可愛くなってきました。いよいよ別人に。いや元々ですが。 てか長いですね。 10/5 ← |