六日前にレンタルしてきたDVDを何とか観てしまおうという事で、今日もオレは和己の家に居た。
早速リビングでDVDをセットし、再生ボタンを押す。
観始めると前作同様、段々と映画にのめり込んでいった。
二作目は監督が変わったらしいのだが、主人公のカッコ良さは相変わらずで、満足する。
迫り来る敵を打ち倒しながら、同時に自分の素性を探って行くという困難を、時に苦戦しつつも表情を抑えて全うしていくその姿には男ながら惚れ惚れした。
この二作目の後には、現在公開中の三作目が控えていて、それが完結編となるらしい。
すっかり映画に夢中になっていたが、最初は隣に座って一緒に観ていたはずの和己の姿が終わってみると見当たらなかった。既に観ているらしいのでさすがに見飽きたのかもしれない。
結局、自分の部屋にいた和己に声をかけ、DVDを返却しに行く事にした。


TS○TAYAに言ったついでに、オレは洋楽のコーナーを覗いた。
洋楽のアルバムは発売日から一年経たないとレンタルが始まらないのが痛い。しかも、入荷されるのは大抵有名どころばかりなので、聞きたくても置いてないというパターンも良くあった。
本当は買えれば良いのだが、いくら輸入版のCDは安いとはいっても、何枚も高校生が買ってられるわけもない。なので、よほど気に入ったもの以外はレンタルに頼る他ないのだ。
だがその日はたまたま、気になっていたタイトルが何枚か並んでおり、心中でガッツポーズする。
更に、邦楽のコーナーも見る。そろそろ好きなバンドのアルバムが並んでいてもおかしくない頃だった。
順番に棚を見ていくと、予想通り並んでいるのを見つけた。ホクホクしながらレジへ向かう。
精算を終えると、和己が近寄ってきた。
「何か借りたのか」
「おお、聞きたかったのが結構出てて。超ツイてる」
「へぇ」
それ程音楽に関心の無いらしい和己のリアクションは、やはり薄かった。


「うあ」
レンタルしてきたアルバムのケースを開いた慎吾が、中に入っていた一枚の紙を取り上げて声を上げた。
「ライブある。武道館で。オレ去年行けなかったんだよな…知った時にはもうソールドアウトしてて。五月十二日の土曜日って事は後まだ一ヶ月あんじゃん」
そう一人で喋ったかと思ったら、部屋を出て行った。十分程して戻って来ると、
「主将!」
いきなり固有名詞で呼ばれた。
「何だ突然」
「五月十二日ってどうよ。何か練習試合とか入ってたっけ。まして遠征とか」
「多分、今の所入ってなかったと思うけどな。…でもまだ先の話だから何ともな。後から入る可能性もあるかもしれねえし」
「なぁなぁなぁ、そこは主将の権限で何とかしてくれよ」
「出来るわけないだろ」
そんな事分かっているはずなのに。言わずにいられないのだろうか。
すると慎吾は先程の紙を持ったまま、ラグの上に寝そべり、「あー」とか言いつつゴロゴロと転がり始めた。
何をしたいんだコイツは。大丈夫なのか。
「オレ超行きてえんだよ〜、今ネットでチケットの確認してみたらまだあったんだよ。これはもう運命っつーか、行けって事だろ。神のお導き的なアレだろ」
アレって何だ。都合の良い時に神を持ち出すな。
やがてガバリと身を起こすと「決めた。取るわ、チケット」と言って携帯を取り出した。
「おい、もし練習試合が入ったらどうするんだよ」
「そん時はそん時だよ。いざとなったらヤフオクで売る事も出来るし。開演時間が6:30とかだから、速攻で帰って何とかなる場合もあるかもだし」
そして結局チケットを取ってしまった。
それでようやく満足したのかと思いきや、「ちょっとアルバムの曲取り込んでくるわ」と言ってCDとipodを持ち、再び部屋を出て行ってしまった。
パソコンは慎吾の兄貴の部屋にしか置いてないらしく、オレは部屋に取り残される。
アイツはオレが来ているという事を忘れてるんじゃないかと思うほどの放置っぷりだ。
先週は、『二人きりなのにオカシイ』みたいな事を言っておいて。自分勝手も甚だしい。
二十分程してようやく戻ってきたかと思いきや、机の上にあるスピーカーにipodを差して、曲を流し始めた。
「やっぱ予習しとかねーとな。ライブん時歌えねえし」
なんて興奮冷めやらぬ調子で言う。
だがそれは、今やらなくちゃいけない事なのか。
二人きりになれる機会なんて中々無いのに、人の気も知らずベッドに寝転んで曲に聞き入り始めた。
三曲目が流れ出すと、
「あ〜、コレ好きかも。ヤベえ」と言って歌詞カードを眺めている。
いい加減に腹が立ってきた。
「おい慎吾」
「…ん?」
「ん?じゃないだろ。さっきから何だ。オレは放置か?」
「いやいや、悪いなとは思うけど。でもほら、しょうがねえじゃん。オレ的サプライズが降りかかって来たわけだし。…あ、ヒマならカイジでも読む?」
「いらねえよ」
「何そんな怒ってんだよ」
「あのな、お前先週自分が言った事覚えてるか?二人っきりなのに何で部屋に行こうとかいう話にならないんだとかってキレただろーが」
「あー…、そう…でした」
ようやく自覚したらしく、少し反省の色が見えたので、オレは一先ずスピーカーの電源を落とした。
「あっ、何も切らなくてもいいだろ」
「曲が流れてたら集中出来ないだろ」
「集中、って何が…」
無言で歩み寄り、右膝をベッドの端に下ろすとようやく意図を悟ったらしい。
「いや、ちょっと待て。ていうか、今そういう気分じゃないっつーか」
「どうしてだ」
「どうして、って。…だって言うなれば今、オレの心はこのバンドの曲に奪われてるっつーか。すげー神聖な気分な訳よ。なんつーか、このアルバムに正面から向き合ってたいわけ。そこに神経集中させてたいっつーか。だから、正直今は無理」
音楽にそれほど興味の無い自分にはさっぱり理解できない話だった。
「今は、って。じゃあいつなら大丈夫なんだ」
「うーん。次の休みとか?」
「お前そうそう休みに二人きりって中々なれないの分かってるだろ?」
「それはそうだけど」
「…今日オレは、お前に触れられないって事か?」
そう聞くと、ハッとしたように口を閉ざした。
「あ、オレ…。ごめ…」
慎吾は手に持っていた歌詞カードをベッドのヘッドボードに置いた。
ふぅ、と溜息を付く。
「でもしょうがないんだろ」
「え?」
「お前の心は奪われちゃってるわけだよな、今は」
「あ…うん」
「分かった」
ベッドに載せていた膝を下ろす。
「今日は帰る」
「…悪い」
「来週は会えるのか?」
「うん」
「じゃあ、来週な」
そうして、慎吾の家を後にした。