「あ、お前風呂入らねーと無理なんだったな、入って来い」
和己が思い出したように言った。
確かに言ったし、その通りだ。でも今は正直じれったかった。家族が何時帰ってくるか分からない状況だからだ。
しかし「ほらほら、早く行って来いよ」なんて追い払うように言う。しかも若干イジワルな顔になっている。オレがじれったく思っているのを分かって言っているのだ。これまで散々「風呂!」と主張してきたもんだから、ここぞとばかりに。
和己に苛立ちつつも、とにかく早く済ませてしまおうと速攻シャワーを浴びる事にした。時間にして実に五分。最短記録であがると、和己のいる部屋へ向かう。
ドアを開けるとハンガーを渡された。
「そのコート、シワ入るとまずいだろ」
くっくっくと和己が笑いながら言う。
「お前判りやすくて面白えなぁ」
「……!」
「速攻であがってきたのか。可愛いなぁお前」
コートを吊るしたハンガーを壁にかけると、背後から抱きしめられる。
何だよクソ、オレが好きだからって調子こいてる絶対。
忌々しく思いつつも、ベッドの方に手を引かれると大人しく付いていくという選択肢以外を選べない。
促されるまま、互いにベッドの上で向き合って座った。
「その服とズボンも脱いどかないとマズイんだろ。脱がせてやっから」
そうやってゆっくり服を脱がせられる。そんなまじまじと見られて丁寧に脱がされて床に置かれると恥ずかしい。
やがてトランクス一丁のオレがそこにいた。自分だけ何だかマヌケに思えるが、ちなみに勝手に使っていいと言われていた和己のトランクスだ。
「なぁ、もう良い?」
こういう事を言うとまた絶対付け上がるとは思いつつも、いい加減にして欲しかった。
早く和己と触れ合って、キスして欲しくて、入れられたくて、余裕を無く自分を求められたかった。
「いいよ」
了承が出たと同時に、オレは和己に半ば圧し掛かるように抱きついたのだった。

ヤってる間は、いつ和己の家族が帰ってくるんだろうかという事がどうしても気にかかってしまい、何となく落ち着かなかった。
そんなオレの隙をつくように弱いところを攻められたりして、変に大きな声を上げてしまったりと、今日は全体的に和己にやられっぱなしだと、悔しくなる。
しかし佳境に入ると、いつもよりどうにも感じてしまっているオレの姿を見ていた和己の方が余裕を無くしていたように思えた。
お互いにぐったりしてベッドに身体を沈めると、暫くは荒い呼吸だけが部屋を満たしていた。
そんな中、どうにか口を開く。
「な、早くシャワー浴びて着替えねぇと、マズイ、よな。さすがにもう、帰っ、て来るかも、だし」
「…それは無い」
「何で?」
「お前が、風呂に行ってる間に、電話したから。後一時間は帰ってこないってよ」
「お、お前それ、先に言えよ!お陰で、落ち着かなくて落ち着かなくて」
「多分言わねえ方が楽しめるかなと思っ…いって!」
何とか身体を起こして、正面から和己の額にゲンコツを落とした。


「どうだったよデートは」
家に帰ると、早速のように兄貴に聞かれた。
「あー、まぁ…普通」
実際のところは、和己が憎たらしいとか色々あったのだが。
「じゃなくて彼女の反応だよ。服に対する」
「…。もうちょっと背が高かったらモデルみたいって言われた」
「お前身長足んねぇもんな」
「別に足らなくねーし!てかお前だって大して変わんねぇだろ」
「お前って言うな。それに二センチ違うから」
「二センチだけだろ」
「馬鹿、そこがデカいんだよ。…まぁ良い、とにかくウケは良かった、と。じゃあさっさと返せよ」
用はすんだとばかりに言ってくるのがまたムカついた。


すっかり部屋着に着替えて服を兄貴に返した後、自室にて、はぁ〜、と溜息を吐いた。
今日一日を思い返してみると、何かとイラ立つ事が多かった。厄日だったのか。
しかし、和己とのセックスを思い返してみると、和己がオレを抱く手は優しくて、キス一つとっても愛情をそこに込めるかのようにするので、何も文句を言えなくなってしまうのだ。愛してくれてると感じ、その気持ちが腹立たしさを大きく上回る。
アイツはずるい。ある意味、オレなんかよりタラシの素質があるんじゃないかと思う。
以前、準太が和己に色々と言っていたらしいが、よっぽどオレのが掌の上でコロコロと転がされている。少なくとも今日に限ってはそれはもう、面白いぐらいの転がり様だっただろう。
そのうち何とか逆襲してやりたいと思うが、これといって何も浮かばない。
結局は惚れた方の負けなのかと思う。
『慎吾』
ふいに、最中の和己が丁寧に自分の名前を呼ぶ声が蘇ってしまった。
もうダメだ。そんな風に呼ばれただけで、何もかもがどうでも良くなってしまう自分はきっと。


END