自分にとってはやや長い一時間をベッド上で過ごしてから、互いにシャワーを浴び、慎吾の作ったオムライスを食べた。
オムライスは美味しかった。卵がふわふわしていて、何気にやりやがるなこの野郎、なんて思った。
結局料理にもしっかり釣られていた。
ところで、家族は昼頃に帰ってくる。
つまり慎吾とのんびり出来るのはもう数時間しかない。そう思うと二人でいられる時間が急に惜しくなってきた。
流し台で皿を洗っている慎吾の後姿を眺めつつ、時間を確認する。
9時を回っている。
オレはおもむろに立ち上がると、慎吾の背後に回って腰に手を回した。
「うわ、びっくりした」
首筋にちゅ、ちゅ、とキスをする。
「え、何」
喉仏の辺りを指を往復させて撫でてみたりする。
「何だよ、ってかくすぐってえから」
逃れるように首を振る。そういえばコイツはくすぐったがりだった。
そしてなんとなく今の光景が、ネコの喉を鳴らしているように見えた。ネコと言えば、どこかフワフワしてる髪とか気まぐれな辺りが似てるかもしれない。
「そういえば、ネコっぽいかもなぁ」
思いついた事を何となく口にしつつ、後頭部にキスを落としたりする。
「何が?…てかさ…何やりてーんだよ…」
慎吾が蛇口を捻り、フライパンを横に置いて、手の水を切る。洗いものは終わったらしい。
「ほら、手ぇふきてーから」
そう言ってオレを背中に纏わりつかせたまま、横に移動し、冷蔵庫の前にかかっているタオルで手を拭く。
そしてオレが腰にまわしていた手に自分の手を重ねた。その手の冷たさに驚いて飛びのく。
「あはははは」
「おっまえなぁ〜…てか、お湯使えよ」
「別に平気だったし。それより何だよ。何で急にベタベタし始めたんだよ」
「いや〜…」
「オレが昨日纏わりついたら嫌そーにしたくせに」
恨みがましく言う。
「お前はちょっとやりすぎだろ。コアラじゃねーんだからよ。長時間へばりつきすぎだ。…まぁそれはいい。それよりお前今日、お昼前に帰るつってたろ」
「あぁ、うん」
「もう2時間ぐらいしかない」
「あー、そうだな」
「だからこっち来い」
そうして慎吾をソファに引っ張っていき、俺の前に座らせ、背後から抱きしめる。というか寄りかかった。
「和己〜、重いぞ〜」
「重くねえ」
オレ達は少し笑いながら、昨日と同じやり取りを逆の立場でやった。ハタから見たらいいバカップルだが、誰も見てなんかいないのでバカップル上等、ってな話だ。
それはそうとオレの方が体重があるので、実際慎吾は重いに違いない。でも嬉しそうに笑っている。
「なーなー、映画、言ってたじゃん昨日。来週行こうぜ」
「何だよ結局行くのか。…でもあの映画、一応続きモンだぞ」
「そうなの?じゃあそれだけ観ても分かんねえの?」
「分かんない事も無いけどな。見といた方が良いと思うけど。じゃあこうしねえか?あれ三部作だから、来週は前作2本レンタルしてオレん家で見よーぜ。で、再来週映画に行く」
「おう」
コイツはオレの誘いには即答でOKする。付き合うことになって最初に出かけた時もそうだった。女と付きあってた頃もこんな風だったのかというと違う気がする。オレに対してだけ、多分駆け引きとかそういうものは投げ捨てている気がする。自惚れかもしれないが。

それから慎吾が帰る時間まで、どうでもいい雑談をしつつ、オレ達はやたらイチャイチャして過ごした。
とても正しい恋人同士の過ごし方だ。男同士だが。
慎吾を玄関で見送る際、オレはやっぱり少し寂しさが込み上げてきて、気が付いたら扉を開けて出て行こうとする慎吾につい、言わないで置こうと思っていた言葉をかけてしまった。でもそれは寂しかったからだ。だから仕方ない。
「釣られてるからな」
「…え?」
「オレはお前に釣られてっから、今更食いモンで釣る必要ねえぞ」
「……」
慎吾は暫く呆然としていたが、やがて俯き、「うん」とだけ言った。
そしてそのまま出て行ってしまった。
想像していたリアクションとは違っていたけど、声の調子から、きっと照れてたんだろうと思った。



「何、だよ…」
オレは俯いたまま帰り道を歩いていた。
さっきはどうリアクションしていいか分からなくて、というか殆どリアクション出来ずに和己の家を後にした。
そういう事言うから、オレは幸せの絶頂から突き落とされんじゃないかって不安になるんだろ、と和己を逆恨みのように思ったりする。
幸運をここで使い果たしてしまっていて、例えばこの帰り道に交通事故に巻き込まれるとか、サイフを落とすとか、スタメン落ちするとか、一回戦負けするとか、と様々な不幸を思い浮かべてみる。
それでもきっと自分の顔は、真っ赤で、幸せでどうしようもない、緩みきった表情になっているに違いなかった。


END