翌朝、目が覚めると、慎吾は身体を丸めてオレに寄り添うような格好で寝ていた。
改めてコイツ可愛いなぁ…なんて思いつつ、時間を確認する。
6時半だ。いつも通りの時間に目が覚めて、ヨシ、と思い上半身を起こした。
そのままベッドを出ようとした瞬間、手首に痛みが走ると同時に強い力で引っ張られた。
驚いて手首を確認すると、何とロープで縛り付けられていた。
ロープの先はベッドのサイドボードの足に括りつけられてあり、しかもかなり念入りに縛ったらしくとても片手では解けそうもない。
こんな事をするヤツは当然、スヤスヤと眠っている目の前の慎吾しかおらず、速攻問い詰めるべく名前を呼んで肩を揺する。
しかしどういうつもりなのか。
昨日は一騒動あったものの、その後はかなり良い感じだったはずだ。
暫くして慎吾は何やら唸りながら、目は閉じたままで、肩を揺するオレの手を払いのけようと闇雲に手を動かしてきた。
コイツは寝起きが悪い。泊まった日の朝は精々8時に起きてくるのが関の山だ。
慎吾に言わせると、「お前が早すぎるんだよ」という事だったが。
それにしても起きない。
次は頬を両側から引っ張ってみることにした。力を込めて。
するとみるみる眉間に皺が寄り、「だーー!!」と声を挙げたかと思うとガバリと上半身を起こした。
「イッテーんだよ!っだよ!」
かなり口調は乱暴だ。こうして無理矢理起こしたりすると、ガラが悪くなる。
「何だよじゃない。こっちのセリフだ。何だこれ」
そう言って、ロープで縛られた手首を見せた。
慎吾はしばらくボーっとそれを見て、「ロープ」と答えた。
「そうじゃねえよ!何でこんな縛られてんだよオレが!さっさと外せ!」
「ヤダ」
即答が帰ってきた。
「はぁ?ふざけんな!」
「ふざけてんのはお前だろ!何なんだよいつもいつもランニングとかってさっさと出て行っちまいやがって。オレが目覚めたらベッドに一人ってどーいう寂しい状況だよ有り得ねえ!!」
なるほど、と思った。
つまりそれが不満だったらしい。しかも結構前から鬱憤を溜めていたようだ。こんな小細工を労するぐらいには。
「しょうがねえだろ?オレは休みの日はいっつも6時半に起きてランニングすんだよ。それやらねーと何か気持ち悪いし。習慣だからな」
「しょうが無くねえ。それを改めろつってんだよ!」
「お前も早く起きれば良いだろ。そしたら一緒に走れるし」
「何でオレまで休日に早起きしてランニングだよ。お前が譲って、オレが起きるまで側にいてくれればいーだろ」
「それは無理だ」
あっさり要望を却下すると慎吾は怒りを露にした。
「何で無理だよ!お前オレよりランニングが大事かよ!」
こうなると平行線だ。取り敢えずお互いに妥協するしかない、と思い提案してみる。
「分かったよ。じゃあこうしよう。オレは7時までココにいる。お前も7時にはせめて起きてくれ」
「ヤダ」
「あ?!」
妥協したにもかかわらず、アッサリ拒否されて頭に来る。
「だってお前、7時にオレが起きてもすぐ出てくんだろ。それじゃ意味ねーんだよ!朝のこう、まどろむ時間っつーか、昨日の余韻を味わう時間っつーか、ゴロゴロする時間が必要不可欠なんだよ。てか、そーいうもんだろ?付き合ってんだったらさ」
そうなのか?と思ったが、オレよりよほど経験豊富な慎吾が言うんだからそうなのかもしれない。
いや待てよ、と思う。
つまりコイツは、過去に付き合ってきた元カノとそういう時間を共有してきた事になる。
それこそ、甘い声で名前を呼ばれたりして、慎吾も呼び返したりして、ベッドの上でイチャイチャしてきたに違いない。
そんな光景をリアルに思い描いてしまったオレは、途端に嫉妬にかられた。
「…そうかよ…つか、そうだったんだな。へぇ」
「な、なんだよ…」
オレが急に不機嫌全開の表情を露にした為、慎吾は気圧されたようだ。
「つまりアレだろ。これまでの元カノとやってきたみたいに、ゴロゴロイチャイチャしたいって言ってんだろ」
「ちょ、何で元カノとか、今そーいう話が出てくんだよ…」
「今お前が言ったんじゃねーか!付き合ってんだったら、そういうもんだって」
「そりゃ言ったけど。…必ずしもそうって訳でも、無いし…」
「矛盾してんだろ慎吾」
「何だよ!元カノとか過去の話持ち出すなよ!男の癖にぐだぐだ過去の事に拘んな!」
「…んだとテメエ…!」
完全に頭にきてオレは勢い良くベッドを出ようとした。が、紐に縛られているのを忘れていた。
思い切り手首を引っ張られ、「痛ェよ!!」と怒鳴った。
冷静に考えてみると一人コント状態だ。我ながら恥ずかしい。
「慎吾、取り敢えずコレ外せ!」
ドスを効かせて言うが、「嫌だ」と慎吾も意固地に言う事を聞かない。
イライラが募り始めた時、
「何でだよ…オレはただ、朝にベッドでフツーのカップルがやるみてーにお前とイチャイチャしてーって言ってるだけだろ…?」
と、一転して頭を俯かせ、悲しそうに言った。
「…っ」
こう下手に出られたら何も言えなかった。
昨日の負い目もある。
「分かったよ…オレが悪かった。な?じゃあこうしよう慎吾。7時にお前を起こすから。そんで7時半までベッドにいる。それで良いだろ?」
「ん…」
結果的にほぼ全面降伏だ。
しかし仕方が無かった。ワガママを言えといったのもそもそもオレだ。
「慎吾、コレ外してくれるか?」
「うん」
そうして手首のヒモを外すのかと思いきや、サイドボードに括りつけられた方を外し、あろう事か自分の手首に縛り始めた。
「慎吾〜、ソレは違うだろ?」
「でも7時半までいてくれんだろ?」
「う…」
「じゃあこれで良くね?…うん、良い。何か繋がってるカンジが」
「……」
思わず溜息をこぼしそうになったが、嬉しそうな顔をしている慎吾を見て止めた。
こうしてその日、手首をつながれたまま、慎吾と七時半までの1時間を過ごす事になった。
正直、1時間は長すぎた。ベッドの上で特に何をするでもなく1時間。物凄く時間を浪費しているように思えるが、慎吾はそうは思ってないようで、変にテンションが高い。
「なぁなぁ、朝飯どうする?」
「一応、オフクロがご飯は炊いてってくれたんだよ、昨日の朝。もう硬くなってっかもな」
「じゃーさ、オムライスとか作ってやろーか」
「マジか!出来んのか!」
「おう。まぁ、一応?」
「スゲーな。何でそんな料理っぽい事出来んだよ」
「嫌いじゃねんだよな割と。つっても作れるモンて限られるんだけどよ」
「じゃあ頼む」
今度はオレのテンションが上がった。食い物で簡単に釣られる自分は、凄く扱いやすい人間の部類に入るのではないかと思う。
一方、慎吾は少し考えるように首を傾げた後、こう切り出してきた。
「…なぁ、ちょっと聞きてーんだけど」
「ん?」
「例えばさ、部活帰りにオレが、肉まん奢ってやるっつったとするじゃん」
「おう」
「でもその後に、準太が『ラーメンを奢るので一緒に帰りませんか』って言ってきたらどうする?」
「ラーメン」
オレは即答した。
「違ェ!そういう事じゃねーだろ!肉まんとラーメンのどっちが良いって話じゃねーよ!オレが聞きてーのは、ラーメンに釣られてお前は準太と帰るのかってコトだよ!」
急に怒り出した慎吾にビビる。
「おい、落ち着け。…オレはさ、たまには後輩と帰るのも良いんじゃないかと思っただけだよ。ほら、お前とはいっつも帰ってるし。部活中は中々じっくり話を聞いてやる事も出来ないしさ」
「お前さ、無理ある言い訳すんじゃねーよ。ラーメンっつっただろーが今。どう考えてもラーメンに釣られてんだろーが」
「…違うって」
力のない声で否定するが、明らかに追い詰められていた。
「…そしたら準太が肉まんでオレがラーメン奢るつったらどうする気だ」
「……」
オレはまた反射的にラーメン、と答えそうになって慌てて口を噤んだ。沈黙=肯定したも同然だったが。
慎吾は、はぁ〜〜っとこれ見よがしに大きな溜息をついて、オレを小馬鹿にしたような目線を送ってくる。
まぁ、確かに少し馬鹿過ぎたかもしれない。朝できっと頭が回ってないんだ、と自分で自分を擁護した。
その後、呆れたように沈黙していた慎吾だったが、暫くしてオレの好物なんかを聞いて来た。
食べ物で釣っておけば良いという結論にどうやら達したらしい。
しかもオレの好物というと、ラーメン、カレー、ハンバーグ、牛丼といった、子供の好みそうなものそのまんまで、調理にも手がかからなそうなものばかりだ。
コイツお手軽だな、ぐらいはきっと思われたに違いない。
しかし何だ。別に食べ物で釣らなくても、オレは慎吾自身に充分釣られてる。
そんな事を考えて、これは気障にも程があると気が付いた。口に出したら、それこそ痛い人間を見るような目つきで見られそうだ。
この言葉は自分の胸の奥に仕舞って置く事にした。