慎吾は、ウサギの横に置かれたカエルの置物を、ただじっと眺めていた。
お前に似てるなと言った時、慎吾が歩みを止めた。図星だったのだろうか。
自分に似てるカエルを、オレに渡したいと思ったのだろうか。
オレの部屋に飾られたカエル。
たったこれだけの事に、感じ入っているように見えた。
半分以上はオレの想像だ。
だけど、当たっている気がした。
コイツは慎吾のくせに、妙に健気で、殊勝な一面をオレに見せるから。
そんな面を見せられる度、オレはどうにもコイツが可愛く、愛しく思えてしまう。
オレは、慎吾の身体を抱きしめて、感情を込めて名前を呼んだ。
突っ立ったままで身動きしない慎吾を、もう一度静かに呼ぶ。
すると顔を少しこちらに向けた。
体が硬直してしまったかのような慎吾の頬を、指の背で軽く撫でる。
「好きだ、お前が」
「…」
「好きだ」
「…」
「慎吾」
「…」
慎吾の目には涙が浮かんでいた。
「オレ、も好…」
慎吾の涙を指で拭う。
「ヤベ…何か泣いてるオレ」
「慎吾」
改めて正面から抱きしめ、それから口付ける。
口付けはどんどん深くなっていき、慎吾が少し苦しげに息を吐く。
オレはもう我慢できなくて、手を引いてベッドの方に連れて行った。
そこで押し倒す。
再びキスをしようとした時、「ちょ、待って」と、慎吾の静止が入った。
「何だ」
正直、早く続きがやりたいオレは、余裕なく聞いた。
「や、だって。む…無理」
何が無理なんだ。
オレは無視して手首を掴んで押さえつけ、首筋に舌を這わせた。
「和己!…オレ、風呂入ってねぇし!」
「別に気にならねえよ」
「オレが気になる!」
「気にすんな」
まだ何か言おうとする慎吾の口を口で塞いだ。
舌を深く絡める。
「ん〜〜!」
まだ抵抗している。
だけどあんな顔を見せておいて、無理だとか言われた所で、それこそこっちが無理だ。
おとなしくヤられとけ、などとかなり自己中心的な事を考えていた。
そこでオレは早いトコ理性を奪ってしまおうと、慎吾の股間をジーンズの上から刺激し始めた。
「〜〜〜!!」
更にベルトを外そうと手を掛けると、本格的に慎吾が暴れ始め、塞いでいた口が離れる。
「和己ッ!」
怒鳴ったと思ったら、頭突きをされた。
余裕がなかったんだろうが、かなり本気の頭突きをキメられた。お互い痛みに悶絶する。
暫くして慎吾が涙目になりつつも立ち上がり、そのまま部屋を出て行ってしまった。
「慎吾!」
まさか、帰ったのか。
そこでようやく我に返る。
しまった、いやそうじゃない。嫌がってたのにオレは何をやってたんだと。
目の前の慎吾を早く自分のものにしてしまいたくて、軽く理性を失っていた。
暫く呆然とする。が、立ち上がり、部屋から出て階段を下りた。
すると、気配があった。
暗い玄関の前で、慎吾が壁を背にしてヒザを抱えていた。
オレに気が付くと、更に縮こまった。
「慎吾」
「……」
オレは階段に腰を下ろした。
正直、どうして良いか分からなかったが、むやみに近付かない方が良いと思った。
「スマン。……ごめんな」
「…」
「ごめん。もう、しない」
「…」
せっかく、慎吾と過ごせる貴重な休日だったのに。
慎吾は喜んでくれていた。
ささやかな事に、凄く幸せなことのように感じてくれていた。
ついさっきまで、とてもいい雰囲気だったのに、自分がそれを壊してしまった。
オレって男は、と改めて自己嫌悪に陥る。
思えば、オレは慎吾に謝ってばっかりだなと思う。
その度に、もうしないとか言ってきた気がする。
自分がダメ男のように思えてくる。
「慎吾、呆れたか…?」
「…」
返事が無い。本当に愛想をつかされただろうか。
「…オレ、」
慎吾がボソリと声を発した。
「オレ、何か、すげぇ嬉しくて、いっぱいいっぱいになっちまって。…んで、そんな時にお前にあんなんされたらどうしていいかマジ分かんなくて焦ったっつうか。嫌
…っつうか、許容量超えてて。…風呂入りたかったのも、ホント、だけどさ…。自分のペースとか保てねえと怖いし」
「…そうか」
「だから…」
「ん?」
「取り敢えず風呂、入ってくる。つか、借りる、から」
そう言って立ち上がった。
「慎吾」
「ん?」
「怒ってないのか?」
「ん…もう、しないんだろ?なら、いい」
しかし、オレは慎吾に甘えている気がしていた。謝ると許してくれる慎吾に。
俺は立ち上がって慎吾の側に行き、そっと抱きしめた。
「オレを許さなくて良いから。怒ってていいから」
「…?」
「そしたらオレは、お前が許してくれるまで謝るし、お前の気が済むまで怒っていればいい」
「…オレは、別に」
「オレはお前が好きなんだ。だから、お前に無理して欲しくない。寧ろワガママ言ってくれ」
オレは慎吾の額に触れ、撫でた。
「痛かったろ。オレのが石頭だからな」
「…痛かった」
「コブにはなってねえけど、ちょっとアザになってる。冷やした方が良いかもな」
「大丈夫、だし。風呂行ってくる」
そうして、慎吾はオレの腕をすり抜けて、風呂場に向かった。
分かりやすい愛情表現をする割に、肝心な所を隠そうとする慎吾の心の内は、読み辛い。
ちゃんと言葉が届いたのか、オレの考えに間違いはなかったのか、これで良かったのか、確信は無かった。
でも、思っていた事を伝えた。
今はそれしか出来なかった。

オレは一旦部屋に戻り、恐らく着替えが入っているであろう慎吾のカバンを持って、風呂場の前に置いた。
「慎吾、荷物ココに置いとくからな」と声をかける。「うん」と返事が帰ってきたのを確認して、再び部屋に戻る。
20分ほどして、慎吾が戻ってきた。
表情は読めないが、オレが腰掛けているベッドの隣にぽすっと座った。
「慎吾、オレも風呂入ってくる」
そう言って入れ替わりに部屋を出た。
少し時間を置いた方がいい気がしていた。
時間は8時半だ。まだまだゆっくり過ごせる。
風呂から上がると、慎吾はベッドに横になっていた。
寝てしまったのかと思ったが、起きていて、ぼーっとしている。
オレはベッドを背に床に座り、雑誌を広げた。
特に今読みたいわけではなかったが、する事も特に無い。
「今度、良かったら映画行くか?ボーンアルティメイタムって映画がちょっと面白そうだぞ。アクションなら飽きないし。お前も好きだろ?」
「……」
「慎吾?…来週、何か用事あったか?別に来週じゃなくてもいいし」
「……なんだよ」
「え?」
「何、んな話とかしてんだよ」
「慎吾…?」
「仕返しかよ」
「おい」
「オレ、風呂入ってきたじゃん…。お前まで風呂とか、何か映画とか…どうでもいいし。何なんだよ…」
泣き声のような声で言い、イジけるように身体を丸めて布団の中に顔を埋めてしまう。
オレはどうにも慎吾の気持ちを読めていなかったらしい事が分かった。
「慎吾、」
「バカズキ」
「…」
布団から少し覗いている慎吾の髪を撫でる。
そして布団を少しめくると、拗ねた顔の慎吾の横顔が現れた。
「ごめんな」
こめかみにキスを落とす。
「もう謝んなくていいよ。だから、…」
慎吾に誘われるまま、オレはベッドに上がり、深いキスをした。