次の週の土曜、練習が終わってから和己の家に泊りがけで行く事になった。
泊りがけ。つまり、色々アレコレを含むお泊りだ。
珍しく、和己の家は家族旅行で全員出掛けており、誰もいないという事だった。
そんな訳で練習が終わって家で昼飯を食い、和己の家にやってきた。正直浮き足立っている。
部屋にある例のウサギですら、今は可愛く見えるほどだ。いや、元々姿形は可愛い縫いぐるみなんだけど。
オレは土日ゆっくり出来るという事で、とにかく和己にべったりしつつ、まったり過ごしたいと思っていた。
勿論、やる事もやりたいけど。

そこでオレは早速、ベッドの上に胡坐を掻いて雑誌を広げた和己に近付き、背後から腰に腕を回して背中に寄りかかった。
「おい慎吾」
「ん?」
「重い」
「んな重くねーし」
「いや重いから」
「んだよ」
そう言いつつ、顔を首筋に摺り寄せる。
うなじを短く刈り上げているので少しチクチクするが、和己の匂いと体温が嬉しくなる。
今度は肩に額を乗せる。
「重い!」
「うるせーなー、こんくらい。つかさー、何読んでんの」
「BRUTUS、映画特集」
律儀に答える。
「ふーん」
「って、お前全然見てないだろ。興味も無いくせに聞くな」
確かに雑誌に興味は無い。無いけど、構って欲しいのだ。
「和己ー」
呼んでみる。
「何だよ」
「……」
「おい!…何なんだよ」
「……」
呼んだはいいが、別に用があったわけでもないオレの沈黙に対し、はぁーっ、と溜息をついて、再び雑誌に視線を落とした。
「なーなー」
また声をかける。
「テメ、何だよ。嫌がらせか」
ちょっと苛立ちが見え始めた。
「違ェって。ほら、リング」
先日、和己に買って貰ったばかりのリングを嵌めている、右手人差し指を目の前に掲げてみせる。
「…あぁ。…それが?」
「それが?…って、素っ気ねぇな〜。…何か、良くね?てか良いよな」
「全然意味がわからねえよ」
オレの、全く内容のない呼びかけに怒りを隠さなくなってきた。
そろそろちゃんとした方が良さそうだ。
「今日さ〜、天気良いよな」
「そうだな。…何だ、どっか行きたかったのか?」
「いや、そうじゃねえけど。今は、ってか夕飯まではココにいる。7時ぐらいになったらさ、食べに行こうぜ。ほら、先週、食いモンが良いって言ってたろ」
すると暫し逡巡した後「…あぁ、あの話か」、と思い出したように言い、「じゃあ奢ってくれんのか?」と言った。
「うん。どこで食う?つか何食べたい?」
「別に何でも。色々、腹一杯食えるトコが良いな」
相変わらずロマンも何もあったもんじゃなかった。
別に和己にロマンを求める気は無いが、友達やってた頃と寸分違わぬこの返事はどうなんだと思う。
少々不満に思いつつ、和己が満足しそうな所を考えてみる。
というか、考えなくてもファミレスで充分満足しそうだ。
しかしそれだとちょっと寂しい。
そこで、系統からいうとファミレスに近いチェーン店だけど、そこそこ美味しいイタリアン系の店があるので、そこはどうだろうと思った。
かなりメニューのバリエーションも多く、ピザ一つとっても、デカいし腹もふくれる筈だ。
和己に提案すると、何の異論も無くOKが出た。というか、特に考えてない感じだったが。
ちなみにその後も、オレは主に和己にべったりしていた。
鬱陶しいし重いし何なんだ、という和己の反応は最もだったけど、そこは半分無視した。
雑誌を読み終えると和己は俺に向き直った。
「慎吾」
「ん?」
「構って欲しいならそう言え」
「…」
「構ってやるから。オレなりに」
オレなり?微妙に嫌な予感がした。
目の前の和己がニヤリと笑った。

「ぎゃははははははは!うははははは!やめっ、マジ…っぎゃはははは!はっはっはっはぁっ」
オレはベッドに押し倒されて、くすぐり倒されていた。脇やら足の裏やら脇腹やら、あらゆるポイントを突いてくる。
はっきり言って、オレには拷問だ。くすぐったがりの人間にとって、容赦なくくすぐられるという事がどういう事かコイツには分かってない。本当に辛いのだ。涙目で、笑いすぎで呼吸困難になるぐらいの勢いなのだ。今だけは、目の前のコイツの首を絞めたいと正直思った。
とにかく、この事態を打開しようと、笑い倒しながらも両足を和己の首に掛け、締めた。そのまま倒しにかかる。
「うおっ」
思わぬ反撃に和己がたじろいで、ベッドに倒れる。
よし、とそのまますぐに馬乗りになった。
が、更に脇に手を伸ばそうとしてくるので、慌てて手首を掴んで体重をかけて押さえ込んだ。
「はあっはあっはあっ…コノヤロウ、マジ、ふざけんな…っ」
オレは息も絶え絶えだったが、ようやくくすぐり地獄から脱出し、何とか一息つく事が出来た。
「お前、弱いんだなぁ、くすぐられんの。感じやすいのか?」
こんな体勢になっても、余裕の表情で聞いてくる。
テメ…っ、人の気も知らねえでこのエロオヤジ!と心の中で罵った。
オレの表情から怒り具合が伝わったのか、
「…慎吾、ゴメン。もうしねーから」
そう謝ってきた。オレは、和己に素直に謝られると弱かった。つい許してしまう。
結局、好きになっちまった方の弱みだ、と思う。
「マジで、もうすんなよ」
そう言って、手首を離した。
上体を起こそうとすると、逆に手首を取られた。
「でもさ」
オレは、また何かされるのかとビクリとした。
「この体勢は良いよな」
そう言って、引っ張られるままに和己の上に身体を倒してしまった。
「ちょ、んんっ」
顔を両手で固定され、キスされる。息がまだ整っていない状態だったので少し苦しい。
しかし抗議したい気持ちを、嬉しい気持ちが上回ってしまうので、結局オレは何も言えない。
ひとしきりキスされて、オレは和己の上に身体を預けたまま、肩に顔を埋めた。
オレの体重が、殆ど和己にかかっている状態だ。
「……重くねえの?」
「ん?重いよ」
「でも押しのけねえの?」
「今はいい」
そうして、頭を軽く撫でられた。
どうしよう、幸せだ。
再び小さな幸せに浸る慎吾。