映画館を出てから、何だか微妙に慎吾の表情が暗い気がした。 この後、どうするかを聞くと、どこか静かで座れるところに行きたいというので、近くの公園に行くことにした。 その公園の近くには、オレが通っていた小学校があり、友達とよく遊んだりもした。 日はもうほぼ沈んでいるせいか人の姿はもうなく、電灯もほの暗く灯っているだけなので周囲は結構暗い。 「お。ここで昔よくザリガニ釣りとかしたんだよな」 池を囲む手すりに両手を置いて、覗き込む。暗くてあまり中は良く見えないが、元々濁った池だ。 と、体温を感じた。うなじに慎吾の額が押し当てられているのが分かった。 ![]() 「…慎吾?」 「和己、好き」 慎吾がぽつりと言った。 「マジで好き」 「……」 「でも」 (でも?) 「お前がそうじゃないんなら、オレ、別れて良いし」 (別れる?) 「つか、付き合ってたかっつーと微妙だけど。1週間経ってねーし。…でもオレは、スゲー嬉しかったけど」 (なんで急にそんな話が出てくるんだ?) 「おい、どうしたんだよ。何で急に別れるとか」 慎吾は、ぽつりぽつりと言葉を紡ぎ出していった。 「だって、オレの事別に好きじゃねーだろ?」 「…何で」 確かに言葉にしてはなかった。でも抱きしめてキスもした。 「お前の中では、やっぱオレの事を好きとか…そーいうんじゃないと思ったし。好きじゃないのに、お前につき合わせたくないし」 「なあ、何でオレがお前を好きじゃないと思うんだ?」 振り返って慎吾を見たが、俯いていて表情は分らなかった。 「だって、何か上の空だったし。オレの事考えてたとか、ウソだろ」 「んで、ウソだって」 「それに、元カノと喋ってても、全然気にしてもなかったし。好きとか結局、言って貰えてないし」 声を少し詰まらせるように言った。 慎吾と別れる。 それはつまり、友達でチームメイトという元の形に戻るという事だろうか。 友人として付き合ってた頃の関係は嫌いじゃなかった。 気も許せて、一緒に過ごしてて楽しかった。 更に、頼りになるチームメイトで副主将だった。 が、慎吾がオレの事を好きだと知ってから、見たことのない側面を知ることになった。 モテない男子中学生みたいに挙動不信だったり。変に、自身が無かったり。妙に、可愛かったり。キスしたら真っ赤になって。オレの一言に真っ赤になって。 その、慎吾が、いなくなる。 冗談じゃないと思った。 「オレはお前が好きだよ」 そう言ったが、慎吾は顔を上げないままだ。 「オレが何考えてたのか教えてやろうか」 そう言って、おもむろに慎吾の腰を引き寄せて、後頭部を掴んで強引に口付けた。 慎吾は何が何だか分ってないのか、抵抗も何も無い。 口内に舌を差し込んで、かき回す。唇の角度を変えて、執拗に侵した。 「…っ…ぁ」 声にならない音が漏れてきた。 慎吾の口内の感触が、至近距離で感じる熱い吐息が、後頭部の髪に差し込んだ手の感触が、気持ちよくて止まらなくなる。 慎吾をいいように扱っているという事実が堪らず、オレを嫌が応にもヒートアップさせていた。 それにしても慎吾はされるがままだ。大分しつこいキスをしているにも関わらず嫌がったり押しのけたりする素振りを見せない。 暫くして唇を離すと、最初と何ら変わることの無い表情と体勢のままでそこに立っていた。 違っていたのは、目が潤んでいて目元を赤くし、唇も赤く染まっている事だった。 「…」 ここまで反応がないと、どうしていいか分からない。 と思ったのも束の間、ゴスッという鈍い音がした。 一瞬の後、自分の額に凄い痛みが走ったのが分かった。 目の前の慎吾に頭突きをされたらしい、と気付いたのは、その慎吾が額を両手で押さえて、凄く痛そうな表情をしていたのを見た時だった。 幾らなんでも頭突きは無いだろう、と じんじん痛む額を押さえながら思う。 すると、 「イテーじゃねーかコノ野郎!」 と、何故か頭突きをした慎吾が言った。 「くっそ石頭…!」 「…悪ぃ」 と、何故かオレが謝った。 「う……」 慎吾の泣き声のような声を発したので、オレは泣くほど痛かったのかと思った。焦って声をかける。(いやしかしオレはされた側なんだが。) 「おい慎吾」 「…お前、言えよ。このバカ」 「え?」 「オレがどんだけ!どんだけキツイか知らねーだろこのバカ」 「慎吾」 「お前、全然わかんねーんだよ!好きなら好きって言えよバカ」 「いや、言ったけど」 「もっと早く言え。つか、オレが追い詰められる前に言え」 「いやでもさっき自覚したっつーか」 「さっきかよ?!」 いきり立って慎吾が言う。 「…でもお前、何考えてたのか教えてやるとかってキスしたじゃねーか」 「あぁ、ぶっちゃけると、最初はひたすら妄想だけしてたっつーか」 「お前何ソレ。ふざけんな。…も〜ヤダお前。訳ワカンネ…」 座り込んでしまった。顔も上げない。 確かに、オレが慎吾の立場でも呆れると思う。 暫くそうしていたが、慎吾がのそりと立ち上がった。視線は下を向いたままで言う。 「なんかさ、ずっとお前から一方的じゃん、キス」 「…あぁ(そういえば)」 「だから、やり直すから」 そう言うと、腕を首に絡ませてきた。 そういう事ならオレもやぶさかではないので、腰を抱いて、改めて口付ける。 「ん…」 「…」 今度は慎吾も、自分から舌を絡ませてくる。 ![]() 「…ん…はぁ……」 「………」 (コイツ、ヤバイ…!) オレは心の中で声にならない叫びを上げた。 何故ならメチャメチャ上手いのだ。巧みっつーか寧ろ匠?と言いたくなる位に上手いのだ。どんな職人芸だ。 お前はどんだけ経験積んでんだ?いや、タラシはタラシでも下手なヤツは下手なんじゃないか? 才能か? いや、とにかくマズイ。何がマズイってオレまで変な声を出しちまいそうなくらい、気持ち良いのだ。 嗚呼どうする。いや耐えるしかない。耐えろ和己! それにしても、男としてのプライドを傷つけられた気分だ。いや慎吾も男だが。くっそ。技術的に明らかにオレが負けている。 いや、コイツに勝てる男も早々いないだろうというのは想像に難しくないが、それでも自分的には微妙な感は否めない。 更にコイツは、今まで付き合ってきた様々な女の子と、こんなキスを繰り広げてきたのだ。勿論、キスだけじゃ済んでないだろう。 そもそも最初に待ち合わせ場所に現れた慎吾を見て、普段の制服やユニフォーム姿とは違い、スタイルの良さが分かるいかにもオシャレなその様に、嗚呼そりゃモテるよなと思ったのだ。 加えてこのキス。女の子はメロメロになるに違いない。 オレは気持ち良いのと、耐えるのと、男としてのプライドと、嫉妬とでもう、ゴチャゴチャになり、そのうちクラクラしてきた。 が、やはりここは負けるわけには行かない。男として。 そんな訳でオレは、キスに夢中になっている慎吾の顔を両手で掴み、一旦離させる。 慎吾の顔は、困惑と、キスの余韻とで、やや呆然としてオレを見た。 「慎吾」 名前を呼ぶ。 相変わらず困惑顔を浮かべる慎吾の唇に、親指を這わせた。 唇はオレとのキスで湿っていて、ついでに赤く染まっていて、慎吾はオレを上目遣いに伺っていて、体勢を立て直すつもりがうっかり引き込まれそうになってしまって、焦る。 しかしここでグラついては意味が無い。 今度は慎吾の唇に舌を這わせる。そして薄く開いていた唇に舌を差し込む。 ゆっくりと口内を探る。慎吾の舌が絡んでこようとするが、まだ乗ってやらない。 要はコイツのペースに乗ってしまうと駄目なのだ。あくまでゆっくりと進める。 そんな訳で、慎吾の動きに乗ってやったりやらなかったりしながら、自分のペースでキスを続けた。 「…ん。…ぁ……は、ぁ…」 そのうち慎吾の声が漏れてきた。コイツの声がまた何と言うか、脳を痺れさせるような気がする。 正直、一杯一杯だった。慎吾に持ってかれないようにするのが。 そろそろ良いだろう、と唇を離した頃には、ひと戦終わったかのような疲労感と、気持ちよかったのとで何が何だかといった感じだ。 慎吾はそんなオレの様子に気付いてないのか、オレの腰に腕を回して、甘えるように擦り寄ってくる。 「やべ〜、超ヨカッた…」 なんて、溜息をつきながら言っている。 オレは慎吾なんかより別の意味でヤバかったのだが、そんな事がバレたらカッコ悪い所の話じゃなかった。 何とか最後は面子を保てたものの、前半は完全に慎吾に持ってかれてしまっていた。 オレは無言でどこか遠い所を見ながら、左腕で慎吾の腰を抱いて、右手で慎吾のうなじの髪の生え際あたりを撫でていた。 どこか呆然としつつも、思う。 もう、コイツは毒だ。 色んな意味で。 ハマったら抜け出せないに違いない。 家に帰ると、2階の自分の部屋に入り、ベッドに倒れこんだ。 今日は、色々とあった。 デート中は上の空、元カノと談笑してても全く気にする素振りを見せない和己に、もう、駄目な気がしていた。 オレはお前の事が好きなのに。凄く好きなのに。絶対無理だろうから、言わないつもりでいたのに付き合ってくれるという事になって、バカみてーに喜んだのに。 でも、 好きでもないのに、付き合わせているなんて最悪だった。だから別れると言った。 そしたら強引にキスされた。好きだと自覚したと言われた。その後、抱き合ってキスをした。そのうち自分の本気スイッチが入って夢中になっていたら一旦顔を離された。嫌になったのかと不安になったら、落ち着けとばかりにゆっくりとしたキスをじっくりとされて腰にキた。そして終わったあとは暫く余韻に浸っていた。 …もう、どう考えてもオレら恋人同士じゃね…? そう思ったらいても経ってもいられず、 側にあった枕を抱きかかえて、ゴロゴロ転がりながら、「ヤベェ、超ヤベー、マジヤバイ」等とひとしきり言い、 「…って女子中学生かオレは!」 と、マクラを床に投げつけた。 一人の部屋で、一人ツッコミ。 確かにヤバイ。オレ自身が。 でも舞い上がって浮き足立つのも仕方がない。浮き足立つどころか、そのままどこかフワフワ飛んでいきそうな勢いだ。心情的には。 「はぁ…」 今度はベッドの隅で体育座りし、もう一度落ち着いて今日の出来事を振り返る。 「…っ」 和己のキスや手の感触が、今も残っている気がする。 頭を俯かせて「う〜〜〜、はぁ…。うへっへっへ、えへへへ」等と唸ったり不気味に笑ったりしていたら、ゴンゴン、と部屋の扉を叩く音が聞こえた。 「おい慎吾、帰ってんだろ?」 兄貴だ。慌てて顔を普通通りにと意識する。 やや無愛想な顔をして扉を開けた。 「…何。あ、服後で返すし」 「それよりさ、どうだったんだよ」 「どうって」 「だからデートだよ。上手く行ったのかよ」 「うるせーな、別に良いだろ」 「よかねーよ。服まで貸してやったんだしよ」 「(う…今後何か恩に着せられそうでヤだな)まぁ、普通」 「普通?さっきなんかドタバタ物音聞こえてきたぞ。何やって」 「いや、気のせいだから。じゃ」 「おい!」 無理矢理扉を閉めた。 くそう慎吾め。あんなに上手かったとは。 もうアイツに主導権を握らせてたまるか。 てのが今日のオレの教訓だった。 大体、妄想というのは結局自分の都合のいいように展開されるものであって、多少現実とは違うのが常だ。 だからといって、あそこまで逸脱していたというのはどうだろう。 一瞬、頭の中で『予想外デス』という、携帯電話のCMに出てくる黒人が思い浮かんだ。 正に予想外だ。予想外も甚だしい。 キスは凄く気持ちがよくて、慎吾の声も脳天にキた。癖になりそうだった。 が、全く油断できない。 女だったら、ただ身を任せて酔っていればよかったのだろうが、男のオレはそうも行かない。 「はぁ〜…」 知らず知らず、溜息が漏れた。 やはり、多少強引でもオレから仕掛けるのが良いだろう。 男だから、女に比べてそれ程気を使わなくても大丈夫なんじゃないか、とも思う。 それに、どうにも慎吾の感触が忘れられなかった。唇の、口内の、体温の。 また触れたい。もっと沢山触れて、あいつのイイ顔が見たい。あいつをもっと肌で感じたい。オレしか もう見えないみたいに、オレの名前しか呼べないみたいに、そんな状況に追いつめてしまいたい。 気が付けば、独占欲の塊みたいになっている。 でもアイツが悪い。 あんな声で、あんな事を言うから。あんな顔をして、オレを引きつけるから。 全て慎吾のせいにする。 それにしても。 と、その前の慎吾の言葉に思いを馳せる。 『和己、好き』 『マジで好き』 身体の中が、じわりと温かくなる気がした。 とつとつと足りない言葉で語った一言一言に、アイツの想いが詰まっている気がした。 何でお前はそんな可愛い事になってるんだ、と思った。そんな一途なキャラじゃ無かっただろう。 お前に、あんな風に言われたら、誰だって まいっちまうんじゃないのか。 お前はまさか、今まで付き合った子にあんな態度で、こんなセリフを吐いてないよな? そんな事を想像しただけで、軽くはらわたが煮えくり返りそうだと思った。 好きだ。オレも好きだ慎吾。 愛しさと、独占欲とがない交ぜになりながら、思った。 END 慎吾、デート前半の和己を悪い感じに誤解、後半の和己を良い感じに誤解。 10/19 ← |